第5話
同じサークルに入ったことにより、僕たちはますます一緒に行動する機会が増えた。サークルにはそれから女の子二人、男の子二人が入部した。僕たちはそれなりに仲良くはなったが、学部が違ったりもしたので、やはり僕はしのちゃんと二人だけで行動する機会が多いのだった。
購買で二人仲良く雑誌を立ち読みしたりだとか、講義の合間にベンチに座っておしゃべりしたりだとか、それは僕にとって、すごく理想的な学生生活のように思われた。
みんなは僕達を付き合っているものとみなしていた。僕も、もしかしたらしのちゃんは僕のことを……、と思ったこともあった。
そんなある日のことだった。
講義が終わり、いつもの外のベンチで、僕はコーヒー牛乳、しのちゃんはミルクティーを片手におしゃべりしていたときだった。
「優ちゃん、私ね、実は……」
しのちゃんが珍しくもじもじしている。
「どうしたんだい? 何も気兼ねはいらないから、言ってみなよ」
と言うと、うなずいて、話を再開する。
「実は、男の人に手紙書きたいんだけど、どういうのがいいのかな」
「どういうのって?」
コーヒー牛乳が喉につかえそうになるのをようやくのところで阻止して、答える。
「ほら、例えば便箋とかさ。花柄とかは、よしたほうがいいのかなあ」
愚かな僕は、すっかり、彼女は遠まわしに愛の告白をしているのかと思ってしまっていた。
「いやあ、しのちゃんが好きだったらどれでもいいと思うよ。俺、しのちゃんの趣味好きだよ。可愛いし」
「優ちゃんの趣味じゃなくて、男性全般の趣味ってことで訊いてるの」
段々と、何かがおかしいと思い始める。
「ねえ、誰に手紙書くの?」
「それはね……」
しのちゃんはぽっと頬を赤らめる。
「いつも電車で一緒になる人よ。話すきっかけもないし、電車の中でしか会えないし、話したこともないのにいきなり『好きです』とか直接言うのも気がひけるし、やっぱ手紙かなって」
例えば鐘の中に入って外から思いっきり衝かれたら、これくらいのショックを受けるのだろうか。僕はあまりのショックに、二日間寝込んでしまったのだった。
「恋愛用の石ですね。では、こちらがいいかと思われます」
女主人はそう言うと、ショーケースを開け、とあるブレスレットに手をかけた。それは、濃いピンク色と、淡いピンク色の石を基調として、透明や白っぽい石も配置してある、心躍るようなものだった。可愛いくて、一瞬息が止まってしまうかのようだった。
彼女はブレスレットをお盆の上に置くと、僕に見せた。よく見ると、透明の石はバラの形をしていたり、薄いピンクの色はほんのり紫がかっていたり、小ぶりな濃いピンクの石はオレンジがかっていたりと、それぞれの石の色に深みが感じられ、またその艶感といい、いつまで見ていても飽きないのだった。
「こちらの商品は、ローズクォーツ、インカローズ、そして水晶を使用しております。非常にグレードの高い石を使用しているんですのよ。ほら、見て下さい、この濃い紅色。こんなに濃い色のインカローズはめったに手に入らないんです」
テープレコーダーを再生しているかのように、淡々と話す女主人。
しかし、僕はふと我に返った。
「確かに素敵な商品ですが、しかし僕が欲しいのは、もっとですね……」
しどろもどろになりながら、どうにか話を中断させる。
「はい?」
女主人の目は、明らかに「文句言ってんじゃねえよ、ガキが」と言っている。言葉には出さなかったが、はっきりとそういったメッセージが伝わってくる。僕は息を飲んだ。
「あの、僕一応男性なんですけど、そういう可愛いのつけてても大丈夫ですか?」
「プレゼント用じゃないんですか?」
「違います」
女主人は、僕の顔をまじまじと見た。失礼な人だ。少し口元と目元が緩んだような気さえする。恥ずかしいではないか……。
「もちろん、男性の方に使っていただいても効果はあるのですが……しかし」
女主人は、それ以上僕に勧めていいものか戸惑っているようだ。
道具として使えるのはいいとしても、これをもし学校につけていったら周りの人がどう思うか。「なんだおまえ」と言われるのは目に見えている。案外、文芸サークルだったらしゃれっぽく「お前それ可愛いじゃんか」なんて言ってもらえるような気もするのだが、あまり期待しないほうがいいだろう。
「あの、これ、やっぱ腕にはめないと効果ないんですよねえ」
「おつけになるのがためらわれるようでしたら、巾着に入れて持ち運んでいただいても構いませんが」
「本当ですか」
僕は目を輝かせた。
「よろしかったら、おつけになってみますか」
そう言うと、女主人はにーっと笑った。
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