第4話

 大勢で夕飯を食べるなんて久し振りだった。一人暮らしを始めてから、夕飯はいつも一人で食べていたのだ。いいなあ、こういう雰囲気。外食もほとんどしていなかったし、自分でカツ丼なんて作らないので、この卵と玉ねぎのほんのり甘い味が、妙に懐かしさを誘うのだ。

 そして何より、新入生同士ということで、しのちゃんが隣に座っているのがいい。こうして知らない人たちの輪の中に、もともと親しい僕らが二人がいる。そうすると、特別感が増すのはなぜだろう。

「篠原さんは、どんな本読むの?」

「私、ジャンルはばらばらなんですけど、外国のお話とか好きなんです。レ・ミゼラブルとか、二都物語とか」

「きたよー。硬派だねえ」

 先輩たちが大げさな声を出す。しのちゃんは、ちょっと照れたような笑みを浮かべる。

「読みこなせてるかどうかわからないんですけど、外国の小説のほうが、別世界って感じがして、その世界に没頭できる気がするんですよね。日本の作家の本だと、なんだか日常って感じがしちゃって、飽きちゃうんですよね」

 しのちゃんはなにやら難しそうなことを言って、先輩達と対等にやりあっているように見える。僕には、何の話をしているかちんぷんかんぷんである。話に全く入れないのは寂しいので、「はい」と手を挙げて、「そのレ・なんちゃらって何語ですか」などと質問してみたが、「フランス」とどうでもよさそうに返されただけだった。

 うーん、楽しい夕飯の時間なのに、仲間はずれにされていないか?

「浜野君、どんな漫画が好きなの?」

 そんな僕を可哀想に思ったのか、初めに僕らを迎えてくれた人のよさそうな先輩が、にこにこしながら話しかけてくれる。

「ええとですね」

 結局僕は、そのミヨシさんとかいう先輩とずっと話していたのだった。


 畳の上に寝転がりながら、今日の出来事について復習してみた。

 突然しのちゃんと同じサークルに入っることになってしまった。今朝この部屋を出るときには考えもしていなかったことだった。つまりはどちらかが辞めるまで、これから講義時間ばかりか放課後もかなりの時間を一緒に過ごせることになったということだ。しのちゃんはすごく馴染んでたし、多分そう簡単に辞めたりしないだろうから、僕が辞めなければ問題なさそうだった。

 文芸の話についていけない点については、知ったかぶりをしているだけの先輩も多かった気がする。みんなの話をうん、うんと聴いてるうちに、あの程度の知ったかぶりはできるようになるだろう。よし、大丈夫。

 しのちゃんがやたら男の先輩達に取り囲まれていることについて。新入生が珍しいんだろう。可愛いし。しかし、美人は三日で飽きるっていうし、大丈夫だろう。僕は三日以上一緒にいるけど飽きてないから、これからもきっと大丈夫だ。そして、他の新入生が入ったら、また雰囲気は変わってくはずだ。問題なし。全部オーライ。

 それにしても、と自分の部屋を見渡す。ついさっきまでみんなでわいわいやっていたのが、突然一人になると、なんだかなと思う。何人も入ったら窮屈になってしまう部屋だけど、一人でいるには広すぎる。さっきの延長みたいに、ここにしのちゃんがいてくれたらどんなにうれしいことか。そのうち、遊びに来てくれるようにならないものだろうか。

 もしそのときがきたら、僕は全力で準備するぞ! まずは部屋の整理整頓をきっちりして、余裕があったらデコレーションをして、仕上げにお香なんて焚いちゃって、さらに素敵なBGMを選ぶ。部屋・改造計画を少々頭の中で練ってみる。そういえば、しのちゃんどんな音楽が好きなんだっけ。リサーチしておかないといけないな。

 肝心なことは、どうやって誘うか、だ。

「美味しいコーヒーを買ったんだ。今度一緒に飲まない?」

 などと言ってみようか。するとしのちゃんはこう答えるのだ。

「私紅茶の方が好きなんだけど」

 ……だめだ、これは。

他の手は……ああ、こんな妄想している場合ではない。もっと現実的なことを考えないと。と言っても、どうすればいいのだろう。現実的なことか。ラブレターでも書くかねえ……。

まあ、同じサークルに入ったことで距離は一歩縮まったはずだった。明日から、また頑張るぞ! せめて夏休み前くらいまでには何か進展がありますように! と何かに向かって祈ってみるのだった。

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