第2話

 女の子は誰かと吊るんで講義を受けていることが多いのだが(まあ、女の子に限ったことではないが)、彼女は一人で座っていることが多かったので、それからも、彼女をみかけると声をかけて、隣に座ってみたりした。特に避けられることもなかったので、彼女と講義室で一緒になるたびにそうしてみた。だんだんと、彼女のほうからも僕の隣に座るようになった。

「今日、テキスト忘れちゃってさ。見せてもらっていい?」

 そう言うと、彼女は嫌な顔一つせずに見せてくれた。一緒に一冊の本を見ると、距離がぐっと近くなった気がした。彼女に会えなかったときのために、テキストは鞄に入っていたのだったが。

 そのうち彼女の方も、

「今日寝不足で、居眠りしちゃいそうなの。寝てたら起こしてくれない?」

 などと言うようになった。

 それからも、いろいろと理由をみつけては彼女の近くに座り続けた。あからさまに態度に表すのは恥ずかしかったので、素っ気無いと思われそうなほどさり気なく、そーっとそーっと近づいていった。

 彼女は、講義が始まる前に本を読んでいることが多かった。僕が見たこともないような題名、きいたこともないような作家の名前が書かれた本を手にし、そこにどっぷりと浸かっていて、その様子がまた楽しそうなのだ。僕と話しているときより、格段に目が輝いている。

 僕も真似して、講義の始まる前に本んでみるようになった。どれが面白いのかよくわからなかったので、図書館へ行って、適当に題名が面白そうで、軽そうな文庫本を選んだ。そして、万が一彼女に「何読んでるの?」と聴かれたときに好感を持ってもらえるように、表紙が可愛いことも重要なポイントだった。まあこれは補足みたいなもので、二冊あって迷ったらよりかわいい方を選ぶ、程度のものだったのだが。

 今まで本をろくに読んだことはなかったのだけど、読み始めてみるとなかなか面白かった。この、今までそばにあったものの、素通りしていた図書館や本屋。それらを面白いものだと認識させてくれた彼女は、僕にとってまた一つ素晴らしい存在となった。さらに、本を手にしているだけで、彼女は以前よりも頻繁に僕に話しかけてくるようになったのだった。

「何読んでるの?」

 尋ねる彼女に、僕は表紙を見せた。『いちご同盟』という本だった。

「私もそれ好き。中学生のとき、何回も読んだの。懐かしいなあ」

 それほど読みきるのに難しい本でもなかったのだが、字しか書いていなかったので、中学生の僕はきっと読みきる前に「やーめた」と投げ出したんじゃないかと思う。少ししゅんとしてしまう。

 しかし彼女はそんな僕の様子に気づかず、うれしそうに自分が読んでいる本の話を始めた。生き生きと好きなことについて話す彼女は、より可愛らしく見えるのだった。

 ある日、講義が終ると、彼女は

「そういえば、名前きいてなかったよね」

 と言った。

 出会ってから数週間が経過していたが、やって聞いてくれた。聞いてくれなかったらどうしようかと思っていた。彼女が篠原しのぶちゃんということは、人から聞いて知ってはいたのだが、自分から名乗る機会を逸していたのだ。

「浜野優作だよ」

「そうなんだ。何て呼べばいいかな」

「優ちゃんってみんな言うけど、なんでもいいよ。篠原さんのことはなんて呼んだらいい?」

「しのちゃんって呼ばれてるかな」

 そうして僕と彼女は、「優ちゃん」と「しのちゃん」と呼び合うようになったのだった。


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