他力本願 パワーストーン

高田 朔実

第1話

 その店がそこにあるのは前から知っていた。

 だからもちろん、近くを通ることはあったのだけど、入るのはためらわれていた。なぜだったのだろうと思う。特におかしな外観というわけでもないのに。そこは、「三ツ橋商店」と書かれた古ぼけた看板がついている以外は、まったく普通の雑貨屋さんだった。ペパーミントグリーンの外装が、今では古ぼけて周りの景色とすっかりなじんでいるけれども、できた当初は周りから多少浮いていたかもしれなかったにしても。

 用事もないのにわざわざ前を通って素通りしてみたり、そして中の様子をちらっと伺ってみたり。まるで好きな女の子の家の前をうろちょろしているがきんちょみたいな行動を、僕はとっていたのだった。

 窓にはいつもレースのカーテンがかかっていて、中を覗き見れるようにはなっていなかった。一見さんお断りなのか。中がわからないことには、入ろうにもなかなか入れたものではなかった。

 しかし、今日の僕はいつもと違う。どうしてもこの店を訪れなければいけない理由がある。もう、逃げてばかりはいられないだ。

 ドアを開けると、「いらっしゃいませ」と中年女性の甲高い声が響いた。客は僕しかいないらしい。いいのか、悪いのか。

 まずはさりげなく商品を見るふりをして……、だめだ、こんなことしてたら、ウィンドショッピングだけで何かした気になって、そのまま帰ってしまうのがおちだ。逃げたしたくなる気持ちを無理やり押さえつけながら、カウンターへ向かう。せっせと商品を磨く女店長らしき女性に、思い切って声をかけた。

「恋愛に効く石が欲しいんですけど」


 大学に入ってから、いつの間にか三か月が過ぎていた。

 不思議なものだ。昨年まで全く知らなかった場所に、試験に受かったからという理由だけで住むことになり、突然の一人暮らしが始まった。

 確かに初めは寂しかったり不安だったりしたこともないわけではなかったが、慣れてしまえば、親の目はないし、ありあまるほど自由時間があるし、僕はすっかり浮かれていた。何もしなくても、ただ毎日が楽しいのだった。

 そんなある日、桜も散り始めたばかりの頃のことだった。いつもより少し早めに講義室へ行くと、ふと素敵な後姿が目に入った気がして、僕はあたりを見渡した。僕の目は、それが彼女であることをとらえた。

 その講義に行くのは初めてではなかったはずだけど、広い教室だったから全員を見回していたわけではない。気になって、近寄ってみる。肩より少し短い髪は、みんなで示し合わせたように茶色い頭が並んでいる中で、つややかに黒く光っている。初夏らしく、白地に細かい花が散った模様の服を着ている。トップスなのか、ワンピースなのかは座っているのでよくわからないが。肩幅から、平均的な女子よりもやや小柄であることがうかがえる。

 どんな顔してるのか気になるが、わざとらしく正面へ行って見るのもためらわれる。引き寄せられるように、二つ分離れた近くの席に座った。すると、彼女はじっと僕を見るのである。思った通り、いや、それ以上に可愛い子だった。頬がふっくらしていて丸顔だが、首が細いのでよけいに華奢に見せている。眉の上まで切りそろえられた前髪が、多少年齢不詳な雰囲気を漂わせているが、少しでも大人っぽく見せようとするほかの女子たちの中では、心惹かれるポイントだ。少し戸惑った様子を映し出している大きい二つの目が、心なしか潤んでいるように見える。なぜだ? まさか、彼女も僕が近寄っていくるのを待っていたのか? え? なんだなんだ? と思いながら、視線を合わせる。

「あの、鉛筆かしてもらえませんか?」

 彼女は予想通りの可愛い声でこう言った。

 あまりに驚いて、一瞬何を何を言われたか認識できなかった。黙ったままでいたら変な奴と思われたら困ると思い、慌てて鉛筆を差し出した。

 彼女は、本当に鉛筆だ、とかなんとか言いながらお礼を言った。シャーペンも持っていたんだけどなと思ったけれども、特になにも言わないまま微笑んだ。そのほんの短いやり取りが、彼女と知り合ったきっかけだった。

 

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