第15話:やくわり
「また、世界の歯車の一部として生き続ける気ですか、志位さん」
女子高生は、いや、魔法少女は、そう言って俺を泣きそうな顔で見てきた。パジャマだからちっとも格好はつかないだろうが、俺は胸を張って悪の組織のボスらしいポーズをとる。昔、鏡の前で何回も練習したものだ。
「お前がいつまでもちっさいままだと、いつか踏んづけちまいそうで怖かったしな」
……ていうか、悪の組織のボスって知ってるくせに、こいつ俺に野菜投げつけてきたり鼻毛抜いたりしてきたのかよ。一応ラスボスなんだからもうちょっとイメージ保たせろよ…、子供ががっかりしちゃうだろうが。
「……、志位さんなんて、どうせすぐにわたしの後輩にやっつけられちゃいますよ。それで地獄行きですね」
「おまっ、勝手に決めんなよ。もしかしたらギリ天国かもしんないだろ」
「大体、いくらボスだった頃の記憶ないからって、カリスマ性が無さすぎるんですよ。大学生なのにぼっちですし。四天王の最弱さんには全然気付かれてませんし。鼻毛抜いても全然怒りませんし。野菜残しても許してくれますし。寝てる時に瞼に日本列島描いても許してくれますし」
最後のは初耳だった。なんてやつだ。おい、許してないぞそれは。
「平々凡々な志位さんには、世界の役割なんてちっとも似合いませんね」
「……でも、それでも、いつまでも逃げてる訳にはいかないだろ」
面倒だし、いつか倒されるのも嫌だけど、それでもやることはやらなければいけない。理不尽だとは思うし、投げ出してしまいたくなる。でも、それを投げ出して、誰かに押し付けるのは嫌だった。
例えば、目の前のやつとか。
俺が悪の役割を担わないと、このピンクのアホ毛がボスになっちまう。お前はあたりめを家でいつまでも齧ってればいいんだよ。俺は一時の有給休暇を終えて、それで元に戻るだけだ。大学一年、最高だったな。ああ、あのfの発音がえっちな英語の先生に会えなくなるのか、嫌だな。イケメンな由良くんを従えて、また悪事を行い続けなきゃいけないのか、面倒だな。
……こいつと、もう暮らせなくなるのか。それは少しだけ、寂しいな。
そんなことは、勿論口に出せるはずもなく、俺は最後に大学生の志位葛として笑った。これで、本当の、最後だ。
「お前とくらせて、普通の大学生っぽくいられて、割と楽しかったよ」
俺はそれだけ言って、もう振り返るまいと決めた。それから、魔法少女がくれたあたりめを持って窓を開ける。不細工な世界の使いが、怒り狂った顔でパタパタと飛んでいる。
「おい!戻ってきてやったぞ!クソ野郎!」
さあ、またいつもの通り、正義の魔法少女にしばかれる日常に戻ろう。悪の組織のボスという役割を、俺は最後まで果たさなくてはならないのだから。
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