第14話:かいそう

「あーあ。はやく、家に帰ってあたりめたべたいなあ」


 だらだらと血を流し続ける腹部の傷を押さえながら、魔法少女はそういって、俺を睨みつけた。俺は黙って足を組んで、玉座に座ってそれを見る。


 これは、最後の戦いだった。与えられた役割通りに悪の組織の頂点に位置する者として、俺は最後まで同じように、バランスを守るべく悪事を行い続けた。

 魔法少女とは、幾度となく争ってきた。そうなるようにお互い仕組まれているのだから、当然といえば当然だ。お互い、悪と正義のノルマをこなす社畜のようなものなのだから。




 戦いながら、魔法少女とはよく何でもない話をした。


「今日俺誕生日なんだけど、なんで他人の家の子供誘拐してひびらせてんだろ」

「わあ、ハッピーバースデーですね。魔法ぶつけていいですか?」


 誕生日だというのに、ラブリーチャーミング(くそ痛い)な魔法を浴びせられ、泣きながら帰ったこともある。


「なあ戦うのだるくね?俺帰ってアニメ見たいんだけど」

「わたしもYouTube見たいのでさっさと倒されてください。なんなら見ながら戦っていいですか」


 歩きスマホならぬ戦いながらスマホをされて、倒されたこともある。あれは酷かった。由良くんはボスの醜態に泣いてた。


 来る日も来る日も戦い続けて、それがようやく今日、ひと段落つくのだ。女子高生は身を挺して他の仲間を庇って、悪に倒される。これで1クール目の終わり。でも、どうせ次の魔法少女が現れて、今度はそれに俺が倒される。ぐるぐると螺旋のように、戦いは永遠に終わらない。


 俺は最後の悪事を為すために、ピンクの魔法少女の側まで行った。目の前で袋を開けて、あたりめを食う。うま。よし、これで世界から悪が一つ、消費されたぞ。



「…なにやってるんですか、あなた」

「今日の悪ノルマは一個達成したから、救急車呼んだ」

「はい?…あたまおかしいんですか?せいぎをたおして、それで世界のバランスを、……たもたなきゃ」


 魔法少女の血を止血する為に布を押し当てながら、俺は昔習った応急処置を施す。悪の組織では結構怪我人が出るので、ボスであろうと必修になっているのだ。


「何かさあ、面倒くさくないか。悪とか正義とか。世界とかノルマとか。役割だか運命だかしんねえけど、何で俺がそんなことしなきゃいけないの?」

「……」

「俺、子供の泣き顔とか正直好きじゃねえし。ていうか外出るの疲れるし。誰かのこと陥れんのも面倒なんだよな。一日中家にいてのんびりしてえ。あー、ニートになりてえ」


 アニメや漫画の敵役を見るたびに、思っていた。よくこんなにもまあ、やる気に満ち溢れているな、と。世界征服とか、そんなクソ面倒なことを、よく本気で頑張れるな、と。世の中の大半の人間は、世界征服したいですか?と聞かれたら、面倒だからいいです、と答えるだろう。俺もそうだ。めんどい。


 俺の言葉に、魔法少女はピンク色の目を大きく見開いてから、けらけらと笑った。そして血を流しすぎておかしくなったのか、俺が止めるのも聞かずに立ち上がって、呪文を唱え始める。は!?こいつ、まだ魔力残ってんの!?


「名前なんて言うんですか?ボスさん」

「今聞くかそれ?!志位葛だけど!」


 魔法少女の周りの魔素がどんどん濃くなり、大きく渦を巻いて、強い風を生み出す。こいつ、どんだけでかい魔法を使おうとしてんだ。俺の居城がぶっ壊れたらどうしてくれんだ。この前買ったPS4が!


「志位さん。なら、面倒な役割なんて、もう全部無かったことにしちゃいましょうよ。わたしも貴方も、ただの女子高生と大学生で、悪も正義も、全部無関係で。わたしもなにも考えないで、家に帰ってあたりめ食べたいです」


 魔法少女が放った言葉は、役割を与えられた人間にあるまじき言葉だった。世界の意思の使い、あの不細工な縫いぐるみあたりが聞いたら発狂しそうな言葉だ。俺たちが役割を放棄したら、それはすなわちバランスの崩壊を意味する。世界には悪と正義が溢れ出し、やがて均衡は崩れ去るだろう。


 俺はおかしくなって魔法少女と同じようにけらけらと笑った。こいつの方が、よっぽと悪の組織のボスじゃねえか。




 魔法少女が最後に放った魔法は、俺と、俺を知っている周りの人間から俺に関する全ての記憶を抹消した。そして、俺をただの大学生の志位葛として、存在を書き換えた。




 こうして魔法少女は代償に、ちっさい女子高生となって、俺と一緒に暮らし始めた。

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