第11話:ばらんす
この世界のバランスは崩された。なら、その元凶である君に代償を支払ってもらうしかない。そうだろピョン?
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憂雨の家からの帰り道、女子高生を胸ポケットに入れて、俺は見慣れない道を歩いていた。由良透流は、流石にもう帰ったらしい。後で礼を言わなきゃな。あ、そういえばあいつと約束しちゃったんだっけ。悪の組織のボスの場所、教えろっていう。……後で頃合いを見計らって聞いてみるか。
女子高生をチラリと盗み見る。ピンクのアホ毛が歩調に合わせて揺れているのが見えた。こいつ、そういえば魔法少女なんだっけな。なんで俺にそれを言ってくれなかったんだろう。馬鹿にされるとでも思ったのだろうか。
「志位さん」
「ん、どした」
「見てくださいあの雲。悲しそうなゴリラに見えません?」
女子高生の指先に釣られて空を見上げたが、悲しそうなゴリラはちっとも見つからなかった。というか、快晴で、雲ひとつない。大丈夫かこいつ。眼科行った方がいいんじゃないか?
「志位さん」
女子高生が再度ポケットから俺の名を呼ぶ。それはさっきの冗談違ってあまりにも小さな声で、自動車の排気ガスを吹き出す音に今にもかき消されてしまいそうだった。
「なんでわたしを探しにきたんですか?」
「……唐突だな。なんでって、そりゃあたりめが勿体なかったからだよ」
俺の答えに、女子高生はなにも返さない。なんとなくいつもと違うその様子に、俺は帰る間際、憂雨に言われたことを思い出した。
──お兄さん。琴子が小さくなってる理由はきっと、最後に使った魔法の代償なんだ。僕にはどうすることもできないけど、お兄さんなら、なんとかできるような気がする。
魔法の代償って、もっとふわふわしたものじゃねえのかよ。小さくなるって割とシビアじゃないか。俺がそういえば、憂雨は「それほど強い魔法を使ったんだろうね」と、返した。ちっさな女子高生が小さくなった理由は分かったけど、俺ならなんとかできる、なんて、それは買い被りだ。平凡な俺には、なにもできない。
地面の染みを見ながらぼんやりとそんなことを考えていると、女子高生がまた徐に口を開いた。
「志位さん。……このままずっと、ぼっちで平凡で寂しい大学生活、続けたいですか」
急になに言ってんだ、と、茶化すには、それはあまりにも真剣な声音だったから、俺は黙らざるをえない。はい、か、いいえ、しか選択肢のないゲームのコントローラーを握らされたような気分だ。
「……人間、平凡くらいがちょうどいいんだよ」
俺がそう返すと、女子高生は「わたしもそう思います」と小さな声で言って、それからもう話しかけてはこなかった。
**
ちいさいころは、魔法少女って、もっと単純なものだと思っていた。かわいらしい服を着て、かわいらしい呪文を唱えて、かわいらしい正義を振りかざす。
でも、現実はちっとも可愛くなんてなかった。
毎回都合よく現れる敵なんているわけがなくて、彼らは私たちと同じように、世界の意思によって悪の役割を与えられた敵で。
悪を消費するために、正義を消費するために、私たちは、終わりのない戦いを繰り返した。
私たちのどちらかがそれを止めれば、世界のバランスは崩れて、悪ばかり溢れる世界か正義ばかり溢れる世界になってしまう。それはどちらも地獄だ、と、世界の意思の使いは言った。
魔法少女という役割を与えられたわたしは、戦って戦って戦って戦って戦って戦って、ついに終わりの時を迎えた。正義が負けたのだ。でも、これはあらかじめ分かっていたことだった。だって、前回の代では悪が負けたから。世界のバランスを取るために、わたしは負けた。
わたしが終わっても、また次の役割を与えられた魔法少女が、同じように悪と戦い続けるのだろう。そうやって、世界は保たれているのだから。
あーあ。はやく、いえにかえってあたりめでもたべたいな。
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