第10話:しずけさ
怖い、冷たい、怖い、冷たい。
深い青の髪に同色の目。その綺麗な色の瞳に下から睨みつけられながら、俺はあまりの怖さに震えていた。あのちっさな女子高生とは比べ物にならないくらい、威圧感がある。由良透流は魔法少女と言っていたが、魔法というより物理でそのまま攻撃してきそうだ。怖い。
「ねえ、うちに何か用って聞いてるんだけど。お兄さん、変質者なわけ?」
玄関先で睨みつけられ、悪いことなど何もしていないはずなのに、思わずたじろぐ。青色の女子高生は怪訝な顔をした後、隠れるように俺の背後から様子を窺っていた由良透流に目をやった。──目をやった、瞬間、玄関の柵を飛び越えて、殴りつけた。
「このくそ最弱四天王……!まだ生きてやがったのか。しつこい野郎だな!」
由良透流をみれば、既に起き上がって女子高生に向かって土下座をしている。弱すぎる。いや、気持ちはわかるけど。
「……お兄さん見たことないけど、そいつと一緒にいるってことは、組織の新人かなにか?」
気がつけば青い目は真っ直ぐに俺を見ていた。頷けば殴られそうだし、首を横にふれば殴られそうだ。つまり、もうどうしようもないほどジエンドだった。
「あ、え…っと、……おれは」
声が震えて、かろうじて出せたのは、そんな頼りない言葉だけだった。殴られることを覚悟で目を瞑る。次の瞬間だ。来るべき衝撃の代わりに、「あれ、志位さん?」と能天気な声が耳に届いた。
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「心配で寂しくてしにそうだったから、探しにきたんですか?志位さん、留守番中の女子小学生よりも繊細ですね」
「そこまではいってないだろ」
ピンクのアホ毛は、どうやら同僚の青い魔法少女のところに居座っていたらしい。一発目で当たりを引いたようだ。よかった。
俺と女子高生の会話を聞いていた青は、俺への警戒を解いたらしく、部屋へと招き入れてくれた。ちなみに、由良透流は、土下座したまま道のど真ん中に放置されている。
部屋の中は、男の俺がいうのもなんだが、簡素なものだった。女の子の部屋っていうよりも、ホテルルームのようだ。いや、女子高生の部屋をあれこれ見るのも不躾だろう。ひたすらカーペットの縫い目でも眺めておいた方がいい。殴られかねない。
しばらくしてから、青の女子高生は、紅茶とクッキーを運んで来てくれた。別にこいつを迎えに来ただけだから、おもてなしはして貰わなくてもよかったのだが。
「僕、憂雨ね。ユウ。琴子の面倒見てくれてるんだって?お兄さん」
頬杖をつきながら俺のことを見透かすような視線をぶつけてくる憂雨にたじろぎながら、一瞬琴子、というのが誰かわからず黙る。ことこ、か。そういえばあの女子高生そんな名前だったな。
「えっと…、俺は志位葛、大学生。それで、何でお前は、こんなとこにいるわけ?」
手元でさくさくとクッキーにかじり付いているピンクの女子高生を見ながらそういえば、女子高生は分かりやすく視線を逸らした後、ピンクのアホ毛をしょんぼりと下げた。もしかして、俺との生活が嫌になって、出て行ったのだろうか。
少し緊張していると、女子高生は、ぴん、とアホ毛を立ててから、「本当は明日にするつもりだったんですが」と小さく呟いた。それから憂雨に向かって、「もう渡しちゃってください」と続ける。
女子高生らしくない声音に、なんだ、と思わず身構えると、憂雨が黙ってこちらに綺麗にラッピングされた袋を差し出してきた。ピンクのリボンがちょこん、と付いている。なんだこれ。爆弾か?震える手で恐る恐る開封すると、そこには女子高生が好きなあたりめの袋が入っていた。え?なんで?なにこれ?
「もー、お兄さん鈍いなあ。もうすぐ誕生日なんでしょ?だから琴子、わざわざ僕に頼んでお兄さんへの誕プレ買いに行ってたんだよ。ま、全然決まんなくて、結局それになったのが笑えるけど」
憂雨の思いもよらない言葉に目を丸くして、スマホの日付を見る。あ、そっか。もうすぐ俺、19になるのか。自分の誕生日なんて意識していないから、すっかり忘れていた。誰かにいう機会もないし。
……女子高生らしい手元の贈り物に、少しじーん、となる。普段は適当なことばかり言ったり、鼻毛を唐突に抜いてきたりするような奴だが、こう、自分のこと考えてくれてるって思うと嬉しいもんだな。
……ん、あれ?……でも俺、今まで女子高生に、自分の誕生日言ったことあったっけ?
「なんとか言ってくださいよ、志位さん。黙られると今すぐ目潰ししたくなりますから」
「え、…あ、いや、ありがとう。お前がまさかこんなに気の回るやつだとは思わなかったから」
俺が慌ててそういうと、「琴子に失礼なこと言うな!」と憂雨に目潰しされた。まあ、少し照れ臭かったから、ちょうど良かったのかもしれない。
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