第7話:ぴんぽん

 その次の日から、由良透流との攻防が始まった。朝一でピンポンが鳴り、鮭の塩焼きと味噌汁、ほかほかのご飯、海苔をトレーに乗せて、部屋に侵入してくる。俺が健康的な旅館の朝ごはんに涎を垂らしている隙に女子高生は狙われていたが、女子高生はあたりめをイケメンの目に投げつけて逃げていた。ご飯は美味しかった。


 大学で一人で学食を頼もうとしていた俺の前に、弁当をぶらさげて由良透流は現れた。弁当と交換で女子高生を渡せと言われたが、丁重に断って、弁当を奪い取った。美味しかった。


 帰りは部屋の中にまで付いてきたが、飯を作ってくれるというので部屋に入ることを許可をした。夕飯は美味しかった。



「僕、君にご飯あげるためにここに来たんじゃないんだけど?!」

「うるさいですね。あ、ご飯おかわりしてもいいですか?」


 女子高生は普段とは違う味を楽しんでいるようだ。俺も、由良透流の作った肉じゃがの人参をほろほろと口の中で崩した。優しい口当たりで、美味しい。自分の料理の味も好きだが、由良透流の料理はなんというか、懐かしい味がするのだ。昔、どこかで食べたことがあるような、そんな気がする。


「くそっ!覚えてろよ!」


 俺のくまさんエプロンを投げ捨てて、由良透流は女子高生に噛みつかれた手を抱えながら、去っていった。見ればエプロンは丁寧に畳んである。マメなやつだ。


「なあ」

「何です?」

「なんかしんないけど、あいつが知りたがってることくらい教えてやれば?」


 あの人の居場所がどこか、僕は知りたいだけなんだ、と由良透流は女子高生を捕まえようとしながら、何度もそう言っていた。ちっさい女子高生が目当てというよりも、女子高生がしっている「あの人」の情報が目当てのようだ。それくらいなら、教えてやればいいのに。


 女子高生は俺の言葉に、あたりめをごきゅん、と飲み込んだ。


「志位さんも、食べます?」


 話の流れを全て無視して、女子高生は握りしめた小さな拳をこちらに差し出してきた。受け取ると、手のひらには茶色の粒が黒子のようにてんてん、と置いてある。なんだこれは、ゴマか?


「公園で拾った土です」

「食えるか!」


 どんな話の誤魔化し方だ。俺はため息をつきながら、手を払い、溜まった皿を洗うべく立ち上がった。由良透流と女子高生の関係は、まだまだ分かりそうにない。



 **


 それからも暫く、由良透流のアタックは続いた。そして、それに比例して、元々朝を時々抜いたりすることがあった俺の健康状態は確実に良くなっていた。心なしか気分がいい。俺は鼻歌を歌いながら、がちゃりと鍵を開けて部屋に入った。


「おーい、あたりめ買ってきてやったぞ」


 靴を脱ぎ散らかして、リュックを隅に置く。がさがさとコンビニの袋を開いてあたりめをテーブルの上に出した。こうすれば、女子高生はいつもどこからかすっ飛んできて、あたりめへの感謝のリリックを披露するのだ。



 ……3分待つ。こない。秒針が一周する。こない。かちかち、と時計の音が時間の経過を知らせる。でも、いくら待っても、あのちっさな女子高生が現れない。


 まあ、そんな時もあるか、と、俺は胸に湧き上がった嫌な予感を無視して、テレビをつけた。ちょうどニュースになっていた、女児誘拐事件、という暗い単語が目に入る。ぶるぶると頭を振って、想像を掻き消した。虫の知らせとか、俺はそういうの気にしないタイプなんだ。この猛烈な嫌な予感はきっと何でもない。そう自分に言い聞かせる。どうせしばらくしたらひょっこり戻ってくるだろう。





 俺のそんな甘い考えは、次の日の朝、簡単に打ち壊された。結局女子高生は、俺の家に一度も姿を現さなかったのだ。

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