第6話:しりある

「まだ生きてたんですね、貴方」


 ぺっと唾を吐き出した後、女子高生は酷く冷たい声音でそういった。その横顔は、声音と同じく冷たい。醸し出される雰囲気に、俺は思わずごくりと唾を飲み込む。……え、どしたの、急に。昨日へそのゴマ取ろうと格闘してたよね?いつからそんなシリアスな子になっちゃったの?


 女子高生は、俺の首を支え台にして、すっくと立ち上がった。小さな手のひらが物凄くくすぐったかったが、二人の間の空気が妙に深刻だったので、必死に笑いを堪えた。


「……そういう君もね。ずっと探してたんだよ?」


 イケメンはすっと目を細めて、ちっさい女子高生を睨みつけている。アニメのエンディングのように、いい感じに風が吹いて、イケメンの黒髪を揺らした。同じくピンクのアホ毛がその風に拐われて、俺の首をくすぐる。笑うな俺…!耐えろ…!


 場の空気に合わせて俺が決め顔をしていると、急にイケメンの手が伸びてきた。俺は咄嗟に身体を捻って避ける。どうやら、女子高生を物理的に奪おうとしたらしい。

……おい、人のものとったら泥棒って、教わらなかったのか?といってやりたかったが、イケメンの真顔が怖かったのでその言葉を飲み込んだ。俺は兎年なのだ。え?関係ない?そうだね……。



「この人間は君とどういう関係?っていうか、そもそも、君なんでそんなに小さい訳?」

「貴方にいうわけないじゃないですか。負け犬はさっさと家に帰ってビールでも飲んで深夜アニメの録画でも見て一生を終えてください」

「……そういう訳にはいかない。僕は、あの人を見つけなきゃいけないからね」


 展開に全くついていけず、俺はぽかんと口を開ける。ほんとにどうしちゃったのこの二人。ていうか俺、いい加減に帰りたいんだけど、その話いつまで続く?あと5秒で終わってくれる?


「志位さん、もう帰りましょう。あたりめが家でわたしのこと待ってます」

 ぺしぺし、と馬を促す時のように女子高生が俺の首を叩いて、俺は慌ててリュックを背負った。俺はなんだかよく分からなかったが、とりあえずイケメンに向かって会釈だけはしておいた。会釈と曖昧な微笑みだけが日本人の武器なのである。




 **


「同じマンションなのかよ!」

 イケメンの顔に遠慮してずっと突っ込むのを我慢していたが、由良透流が俺の隣の301号室に鍵を突っ込んで開けた瞬間、俺は思わずそう言ってしまった。家にまでついて来るのかと本気で焦ったが、隣人だったらしい。


「ああ。風呂で変な歌創作してたの、君だったんだね」

「志位さん、言われてますよ」

「おまっ……一緒にデュエットした仲じゃねえか…」


 というか、隣の部屋で同じ大学なら、少しくらいすれ違ったり挨拶したりするもんじゃないか?……いや、よくよく考えたら普段人と関わりたくなさすぎてずっと俯いてたな、俺。反対側の部屋に誰が住んでるのかも知らないし。



「まあ、隣の部屋なら、今後とも色々よろしくね」


 ひどく含みのある笑みを浮かべて、由良透流は最後にそう言い残し、隣の部屋に入って行った。


 訪れる沈黙に、女子高生のことをちらりと盗み見る。こちらを丁度見ていたらしい女子高生と目があった。ピンクの髪と同色のピンクの瞳が、俺を映す。




「志位さん、首のシワ凄いことになってますよ」

 

 さっきのシリアスは、女子高生の一言で遥か彼方に吹き飛ばされた。お前がそんなところに座るから、首にシワが寄らざるを得ないんだよ、とは疲れていたので言わなかった。


……もう、飲み会なんて当分懲り懲りだ。

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