第5話:いけめん

「そっか。君、僕と同じ大学なんだね。知らなかったよ」

「……あっはい…」


 ねえ、あっはい、とおっぱいって似てない?え、現実逃避すんな?その通りだよ……。



 飲み会からの帰り道、そそくさと一人で帰ろうとしていた俺の隣には、何故か前の席に座っていたイケメンくんがいた。どうやら家が近いらしい。信号で右折しても左折しても何処までも付いてくる。勘弁してくれ…。こいつと話すことなんて何もないんだよ……。

 どこまでも付いてくるイケメンくんは、爽やかな笑顔で由良ゆら透流とおると名乗った。わお、名前までかっこいいね。前世に徳でも積みまくったの?ちょっと分けてくんない?


 …と、そんな冗談は勿論口に出せる訳もなく、俺は、車のヘッドライトがぴかぴか光る街並みをぼんやりと眺めた。早く一人になって風呂に入りたい。あー、沈黙が重い。ねえ、世の中の人ってイケメンと何話してんの?ワックス?ワックスの話とかすればいいの?


「えっと、志位君、だっけ?」

「……あっはい…」


 重い沈黙を先に破ったのはイケメンだった。そうです。志位葛と申します。


「突然で悪いんだけどさ、君がさっきの飲み会で話してたミニチュア女子高生、僕にくれない?」

「……あっはい…。はい?!」


 というなんとも耳慣れない言葉が、眠くてぼんやりとしていた俺の頭を覚醒させた。俺の身近な女子高生なんて、あのピンクのアホ毛しか該当しない。え、あいつって俺のイマジナリーフレンドじゃなかったの?実在すんの?やっぱ地球外生命体じゃねーか!あれか、世の中の人間全員にピンクのアホ毛を植え付けるために地球政略しにきたのか。え、こわ…。


「……実はね、僕、ずっとあれのこと探してたんだよ。あれは僕にとって本当に必要なものなんだ」


 由良透流はひどく真剣な顔をして、そう言った。イケメンなのでまるでドラマのワンシーンのようになっているが、こいつが話しているのはあのちっさい女子高生のことである。


「…えっと、…嫌です」

「何で?」


 何でってなんだ。ぼっちはイケメンに逆らってはいけないっていう法律でも施行されたのか?


「……俺、一人嫌なんで」

「ふーん。じゃあ犬とか飼えば?」

「いや、犬は金かかりますし」

「じゃあ、僕が一緒に住もうか?」


 何なんだこいつ…、初対面でいきなり一緒に住むとか言ってきたぞ…。どんだけあの女子高生が欲しいんだよ。怖すぎんだろ。フィギュアで我慢しとけ。




「ペロッ…これはホモの匂い!」


 俺がなんと返答しようか悩んでいたその時だった。場の空気にそぐわない能天気な声が、閑静な住宅街に反響した。俺は慌ててリュックを下ろす。開け口の横から、案の定ぴょこんと女子高生が元気よく飛び出している。空気を読んでくれ…たのむから…。


 女子高生はリュックの口から俺の肩に飛び移って、ぶらぶらと足を揺らした。それから由良透流のことを見る。ピンクのアホ毛がぴん、と何処ぞの妖怪レーダーのように立った。もしや、志位さんよりイケメンだからあっちにお世話になってきます、とか言い出すんじゃ…。



「ぺっ」


 俺の心配をよそに、女子高生は珍しく顔をしかめながらイケメンの頬に向かって唾を吐いた。


 俺はといえば、そんな光景を見ながら、誰かが唾吐くとこみるの、動物園で見たアルパカ以来だなあ…というしょーもないことを考えていた。

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