第4話:のみかい

 飲み会とかいう文化を考えた奴、マントルに頭まで沈んでくんねえかな、と俺はすっかり氷が溶けて薄くなったカルピスジュースを啜りながら考えていた。


 今日は飲み会である。バイト先の。そして俺はぼっちである。バイト先でも。


 ずずずずぞぞぞ、という音を立てて啜りながら、俺はやることもなく前の席に座っているブサイクをぼんやりと見た。嘘です。イケメンです。めちゃめちゃイケメンです。

 彼のことはシフトが異様なほど噛み合わないので、殆どなにも知らない。が、先程の飲み会開始時の自己紹介で同じ大学だということが判明した。ラクロスのラケットを持っていたから、充実した大学生ライフを送っているのだろう。俺とは違って。

 ……おっと、僻んでしまった。よくないぞ。落ち着くんだ。大丈夫。ビークール。人間、二人になった時点で負けを認めているようなものなのだ。だから俺は勝っている。君たちはパーで俺はチョキだ!!!!!はい勝ち!!俺の勝ち!



「志位さん、そんなに壁に密着してめり込みたいんですか?壁にめり込むバグ技とか使いたいんですか?どこにワープする気なんですか?地獄ですか?」


 俺が脳内で虚しいジャンケンをしていたその時だ。ひょこり、という擬音語がまさにぴったりな感じで、女子高生が隅に置いていた俺のリュックから出てきた。


「……。…!?おま、なんでいんの?!」


 俺は大いに驚いた。このミニチュアサイズの女子高生は、今まで俺の家にしか出没してこなかったからだ。なんなら驚きすぎて鼻からカルピスを噴射した。

 咄嗟に、こんなサイズの女子高生を誰かに見られたら、研究所に連れていかれて解剖される、と手で隠そうとしたところで、俺は、そういえばこいつが俺のイマジナリーフレンドだったことを思い出した。誰にも見えないんだったら別にいっか。…ていうか、出現範囲が拡大したってことは、俺の鬱病進行してるの…?こわ…。マジ病みじゃん…?



「志位さん。なんで皆さん楽しそうにお喋りされているのに、志位さんは壁際に一人でいるんですかね?」

「それ聞く……?」


 イマジナリーフレンドは、俺の皿に申し訳程度に置かれた枝豆を殻から出そうと奮闘しながら、俺の心を軽くえぐってきた。言葉のナイフなんてもんじゃない。チェーンソーである。頼むから今だけは優しくして。後であたりめやるから。

 女子高生はそんな俺の様子など気にも留めずに、枝豆の殻の上で飛び跳ねている。誰か俺のこと慰めてくんない?



「祇園精舎の鐘の声……盛者必衰の理をあらわす……枝豆の殻よ滅びたまえ…」

「滅ぼすな」


 どうやら殻から枝豆が出せなかったらしい。俺は全く楽しくない飲み会を無かったことにして、この女子高生の世話を焼くことにした。どうせカルピスを飲むくらいしかやる事がないのだ。ぷちり、と枝豆を剥いて女子高生に渡してやると、ピンクのアホ毛が激しく揺れた。喜んでいる。よかったな。


「んまっ!枝豆おいしいですねー。おいしすぎて召されるかと思いました。志位さんも食べます?」

「殻はいらん。実をよこせ。……ふごっ」


 皿の上に置いてあって邪魔だったのか、女子高生は俺の口に向かって枝豆の殻を放り込んできた。俺は殻入れではない。俺の口に3Pシュートするくらいなら、目の前のイケメンの口にスラムダンクかましてやれ。それなら許すぞ。



 **

 

 そのあとも、俺はイマジナリーフレンド女子高生と楽しく会話をし、飲み会という現実を逃避した。




 だから俺は、この時ちっとも気がついていなかったのである。

 前の席に座っていたイケメンが、一粒の枝豆をちびちび食べるピンクのアホ毛を、じーっと見つめていたことに。

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