第3話:ゆうはん

「へい、ママ」

「俺はお前のママじゃない。あとブロッコリー嫌いだからってぶちぶち千切るな。ブロッコリーだってきっと生きてたんだぞ」


 俺はそう言いながら、机の上に散乱したブロッコリーをかき集めた。これが名探偵コナンだったら、ぎぎぃ、と扉が開いて「ブロッコリー、バラバラ殺人事件!」と表題が出ているところだ。まさかこんなことになるとはブロッコリーも思っていたかっただろう。可哀想に。は、犯人は俺じゃねえ!そこのピンクのアホ毛だ!


「ママ。……わたし、本当にこの家の子なんですかね?」

「この家の子じゃないよ。俺と何の血のつながりもない赤の他人だ」

「ならピーマン残していいですか?」


 俺がよくねえ、という前に、女子高生は綺麗な投球フォームで、微塵切りにしたピーマンの一欠片を投げてきた。ぴた、と俺の額にくっつく。ついでオレンジ色の何かも飛んできた。人参だ。見ると一口かじってある。…こいつが野菜嫌いなのは知っていたが、いくらなんでも投げなくてもいいだろう。農家の人に謝れ。

 子猫用の皿に盛ったミニチュアサイズの夕飯を見ると、綺麗に緑黄色野菜だけが残されている。俺は、大学一年にして野菜嫌いの幼稚園児を育てるママさんの気持ちを深く理解した。いつもご苦労様です。


「お前な……、野菜食わないからそんなにちっさいんじゃないの」

「そんな事ないですよ。元々は志位さんよりも大きかったですしおすしサーモン」


 半分に切ったプチトマトをちびちび噛み切りながら、女子高生が何気なく放った一言に、俺は思わず耳を疑った。は?…こいつ、最初からこういうサイズのUMAか妖精かと思ってたけど、普通の人間サイズだった時があるのか?


「なんなら東京タワーよりもおっきかったです。富士山は椅子代わりでした。週一でてっぺんに座ってやりましたよ」

 俺は、富士山に座るゴジラサイズの女子高生を想像し、すぐにやめた。そんなサイズのパンツがあるわけが無いからだ。

 というか大体、こいつがこういう下らない嘘話をするときは、何かから俺の気を逸らそうとしているためだ。その策略には乗らねえぞ。


「おい、俺の皿に野菜入れんな」

 女子高生は、後ろ手に齧りかけのトマトを持って抜き足差し足で忍び寄ってきていたが、俺の位置からは丸見えである。俺は仕方なくそのトマトを自分の口に放り込んだ。無理に食わせるのは好きじゃないからだ。自分が作ったものはおいしく食べてほしい。……あれ、なんか俺今子持ちの主婦みたいなこと言ってる?


 結局肉だけ食らい尽くした女子高生は、「にくうま」と呟いて涎を垂らしてその場で寝始めた。





 俺はそれを頬杖をついて眺めながら、ちょっとだけ先ほどの問答を思い返していた。三か月弱この変人女子高生と一緒にいるが、よくよく考えたらこいつって何なんだろう。一人暮らしのホームシックで寂しくて、なんかおかしいけど誰か居てくれるならそれでいいかな、と思って普通に受け入れていた。でも俺、今まで生きてきて、うがい用のコップと同じサイズの女子高生、見たことない。え、もしかしてこいつ……。俺の幻覚?マジ鬱なんだけど…。リスカしょ…。みたいな感じなの?


 俺は数秒思い悩んだが、結局まあ別にいいかな、という結論に至った。生きていく上でイマジナリーフレンドが居たとしても、まあ何とかなるだろう。それよりも寂しい方が嫌だ。俺は兎年なのだ。

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