第2話:ねれない

「よーよー、ちぇけら。こんばんは、ことこです。今日は皆さんに、同居人のフレッシュな鼻毛をお届けしたいと思います」

「……うるさ…。ていうか痛ッ!」


 深夜2時である。どこからともなく現れたちっさな女子高生は、疲れて寝ている俺の鼻毛を両手で思いっきり引っこ抜いた。こんな極悪非道な人の起こし方が、いままでにあっただろうか?…あったな。耳元で一晩中自家製の般若心経を唱えられたことがあった。ねえ、自家製の般若心経ってなに?



「頼むよ……。静かにしてくれって。俺明日1限なんだ」

 もぞもぞと布団を頭まで被って、敵から防御態勢を取る。いつもならこいつの下らない夜更かしに付き合ってやっていたところだが、今日だけは別だ。俺には、遅刻できない訳がある。明日の一限は必修の英語なのだが、その講義はfの発音がやたらとえっちなナイスバディの外人の先生が担当なのである。絶対に、一講義たりとも、休んでなるものか。 


 だがしかし、そんな俺の小さな抵抗は無駄に終わった。薄い布団では音までは防げないからだ。日中腹を出して昼寝をしていた元気100%の女子高生は、全力で俺の睡眠妨害をし始めた。




「…むかしむかし、あるところに、お爺さんがいました。お爺さんは、腰痛もちだったため、家で一日中寝ていました。なので、山へ芝刈りにも、お婆さんと結婚することもない、ただのお爺さんとして一生を終えました。完。」


 う、うるせえ。…というかなんだそのオチのない話は。耳を塞ごうかとも考えたが、もしもそのまま寝てしまった場合、朝起きて手が痺れじーーんとなるあの感覚が嫌だった。ちなみに耳栓なんていう繊細なものは、一人暮らしの男子大学生の家には存在しない。



「ずん、ちゃ、ずんずんちゃ、イェーイお爺さんは腰痛、わたし黙ってあたりめ購入。山へ、芝刈りにはいかなーい、わたしも学校へはいかなーい。フゥウヘィア!お婆さんとの出会いもなーい、わたしも石油王と出会えてなーい、イェア」


 急に韻を踏み始めた。気が散って仕方がない。ていうかさっき「黙ってあたりめ購入」とか言ってなかったか?先月財布から2000円消えてた気がするが、こいつの仕業かよ…。だれか、お願いだから手のひらに乗るサイズの女子高生もらってくんない?頭ピンクだけど(物理的に)、顔はかわいいよ。あたりめ馬鹿みたいに食うからちょっとおっさんみたいな匂いするけど。


 ……ダメだ。寝れない。俺いつもどっち向いて寝てたっけ?右だっけ左だっけ。うつ伏せではなかった気がする。くそ、ポジションが定まらない。

 もだもだしながら一度のそりと寝返りを打つと、女子高生は能天気に「志位さん、寝れないんですか?もしや不眠症ですか?」と聞いてきた。ねえ、だれのせいだとおもってるの?



「志位さん、眠れないなら、わたしが子守唄歌ってあげますね。後であたりめ一袋献上してください」


 誰も頼んでいないのに、女子高生はそういってこほん、と咳払いをした。いい加減寝かせてくれ…。




「ま」


 布団の中で来るであろう子守唄という名のボケを待っていると、聞こえてきたのは、そんな一音だけだった。「ま」ってなんだ。

 俺は襲いくるボケに寝ることを諦めて、がばりと布団を跳ね上げた。隣を見る。女子高生は、「ま」の口のまま、あたりめを抱きしめてすやすやと眠っていた。


結局、俺は一限に遅れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る