土竜の見た空
平 和希(たいら かずき)
第1話
西暦2030年はアジアで2度目のFIFAワールドカップがシンガポールで開催される予定だった。その前年首都シンガポールを襲った地震は大津波を呼び込み壊滅的打撃をこの国にもたらした。地球は慟哭していた。
シンガポールでのワールドカップ開催は不可能となりそのおはちが日本に回ってきた。2002年の日・韓合同開催が評価され今回は日本の単独開催となった。
もろ手を挙げて喜べるとは言いがたいが、みんな棚から牡丹餅の開催を歓迎していた。収益金は全て義援金にあてられるという大儀の旗の基に。
標高2000メートルの日本の屋根といわれるこの山は関東平野を一望できる有数の
景観の場所である。五人の中年男達がその景色を目に焼き付けるように話していた。
彼等は土竜(もぐら)と呼ばれる山のスペシャリスト達である。
五年前に原発が全廃され今や代替エネルギーとして石炭が再び脚光を浴びることとなった。彼等はその鉱脈を捜し求め日本全国の山々を渡り歩いている。
今回はレアメタルの鉱脈探しもミッションに加わった。地下に潜ると三ヶ月は地上に
出て来れないが、地下の生活は至れり尽くせりで、食事は事故が起きた時の事を考え
半年分の備蓄があり。国際線のファーストクラス並みのものが用意されている。
最新設備のスポーツジム・欲求を満たす為のダッチワイフロボットまで居て、地上よりも高質の酸素が絶えず空気を浄化している。
あご髭を生やした隊長が「今度地上に上がって来た時は日本対ブラジル戦のオープニングゲームだ。楽しみだな」もう一人の眼鏡をかけた学者風の副隊長が「そうですね、私そのチケット持ってるんです」皆が驚いた表情で「それはすごいね」隊長が
「それにしても雲ひとつない良い天気だ。今のうちに娑婆の空気吸っとけよ」
地下からのエレベーターが上がって来て勤めを終えた五人が降りてきた。
入れ替わりに乗り込む五人、隊長がボタンを押すとゆっくりと下がりはじめた。
アメリカホワイトハウスの大統領執務室は緊張した空気に包まれていた。CIA長官が「大統領、今連絡が入ったのですが、北のブラックボックス奪取に失敗しました。」温和で知られる大統領の表情が一瞬にして険しくなった。
「それで、北の領主は今どこに」「はい、シェルタに立て篭って全く姿を見せません」「ブラックボックスは」「それも一緒です」「なに~それじゃーいつ押すか知れないな」「はい、相当お怒りのようで、我が国の仕業と分ると、まずは同盟国の日本を血祭りにあげると息巻いていたそうです」
「まずいな、すぐに在日の軍関係の家族を帰国させるんだ。勿論極秘裏に、民間機を使わず軍用機で引き上げるんだ」長官は頷くと部屋を出て行った。
大統領はホットラインで日本の首相に事の次第を告げた。但し家族の帰国の件は話さなかった。
土竜のミッションは順調に進んでいた。全てコンピューター制御された現場は手を汚すことなく作業は捗っていた。副隊長の部屋のカレンダーも三ヶ月目の最後の日に赤く
斜線が引かれていた。それを見詰めながら「やっとこの日が来たな」とワールドカップのチケットを掲げてニヤリとしていた。
隊長が「お~いみんな準備は出来たか」とマイクで招集をかけた。
男達は三ヶ月のお勤めを終えやっと地上に上がれる喜びと安全に過ごせた安堵の気持ちで自然と顔が緩んだ。
隊長が五人がエレベーターに乗るのを確かめると地上へのボタンを押した。
あの青空にお目にかかるまで十分の時間がもどかしと一様に男達は思った。
僅かに光が差してきた。もう少し。もう少しみな頭で唱える。
あと十メートル・五メートル、当たり前だが三ヶ月前と同じ場所に到着した。
扉が開くといるはずの交代要員が見当たらない。その時男達は関東平野に悪魔の化身を見た。キノコ雲が大空を覆っている。
土竜の見た空 平 和希(たいら かずき) @gold1206
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