第6話

 ─起きろ、狛江。

「おいったら」

 女の子特有の声音が聴こえたので目を開ける。

 どうやら最悪な夢を見ていたらしい。俺の身体を揺さぶる奴のお陰で、本当に思い出したくないものは思い出さずにすんだのだが、いかんせん揺さ振りが強すぎて身体が痛くなってきた。てか普通に激痛。こいつどんなパワー持ってんだよ。

 …って

「なんで俺の家にいるんだよ」

 ここは紛れもなく俺の家、某アパートの2階角部屋、電車の音がよく聞こえることが理由となり相場より安い家賃で住んでいるこの場所に、なぜウルズルがいるんだ。

 ウルズルは途端に呆れ顔になる。

「なんでって、私がお前をここまで運んできてやったのにその反応はなんだ、覚えていないのか?この間抜け」

「間抜けって…その言葉遣い直せよ…って、ちょっとまて、俺をここまで運んできたって?」

「そうだ、急にお前が倒れたから私が背負ってこの家まで送ってやったんだぞ」

 r…家の場所って教えたっけ」

 ウルズルは一瞬真顔になったと思いきや破顔し、俺の肩をバシバシと叩く。痛いです。力が強い。

「私を誰だと思ってるんだ?決定機関からの使者だぞ?狛江のことなんて何でもお見通し、というか全ての行動をチェックさせてもらったに決まっているだろ」

「あー、まぁそれはそうか。一応俺って選別とやらにかけられてた訳だしな。悪い、変な質問しちゃったな」

「謝る必要はない。お前が変な奴だと言うことも分かっている。自転車を漕ぎながら叫んでいたしな」

 ウルズルの言った言葉を反芻したが、一気に恥じらいが身体中を駆け巡る。あれも、見られてたのか…。

 何か言い返そうとするが、あれに関しては弁解の余地もない。

「そのことは、忘れてください、お願いします」

 目の前の金髪美少女は、本当に愉快そうに笑う。見た目は住んでいる世界が違う類の人間だと思わせるが、表情もコロコロ変わるし、声も可愛い。というか全体的に可愛いですね。そういうとこは正直だから!俺、生田狛江という男は。

 しかしどうも、その仕草や表情、口の悪さを見ていると、妹を思い出してしまう。

 ふと、この非日常空間に順応している自分自信が怖くなった。昨日の今日で、別空間に行ったり、金髪少女が目の前に現れて、過去に戻れるとか言い始める始末だ。

 俺、本当に死んだりとかしてないよな?

 そもそもの話、ここ数年の生活は、(社会的に)死んだも同然の暮らしぶりだった。

 ネット掲示板で2世タレントを叩いたり、SNSで未成年飲酒、喫煙をしている旨の投稿をしている高校生を特定し、通報したりなど、まぁ暇を持て余していた。

 時にはオカルト板に入り浸り、人一倍人間生活を嫌い。厭世的な日々を過ごしていた。つまるところ、俺はいつこんな幻覚を見てもおかしくはないということだ。

「狛江さん、狛江さん!」

 思考を巡らせていると、目の前の雀みたいな生き物が喋っている。

 一瞬誰だか分からず当惑したが、それがフェルニルであることを理解した。

「どうした、というか今までどこに隠れてたんだ」

「ボクたち使者の遣いはいつでも姿を隠す能力があります。いわば透過能力ですね」

「そうなのか、てか、俺的にはフェルニルの存在が1番謎なんだけど、ウルズルみたいな使者をこっち側の世界に連れて来ることだけが仕事なのか?」

「そうですが、その運ぶ作業が大変なんですよ、人間世界に来るには幾重の障壁があり、その負荷に耐えなければいけませんから、あまり詳しいことは言えません。守秘義務がありますので」

 よく分からないけど、大変なんだな。

「フェルニル、あんたは私が支持するまで透過をやめるなって話をもう忘れたのか?お前は鷹じゃなく鶏なのか?」

 え、鷹なの、どう見ても雀じゃない?というか、明らかに声音が怒りに震えている。ウルズルさん、癇癪持ちの怪力って怖すぎるでしょ、ギャップ萌えの次元超えちゃってるよ。

 過去へ戻る覚悟への恐怖は拭えないが、今この瞬間の雰囲気は、今まで体験したことがない、心地良いものだった。

 人と話すって、こんなに良いものだったっけ。

 あ、人じゃないか、こいつらは。

 家が賑やかなのは久々だ。否、この部屋に客人がいること自体今迄なかったような気がする。

 最早、その有無すら記憶の遥か彼方に忘却されていた。どれだけ世俗から離れていたのだろう。

 2人(ふたりと呼んでいいのかは分からないが)の騒がしい突付き合いを横目に、らしくもない想いが募った。

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