第5話


 もしかしたら人生は生まれた時の環境で決まるのではないか、と思い始めた年齢は何歳くらいが相場なのだろうか。

 恐らく俺はかなり早い部類だろう。

 環境では決まらない。と確固たる意志を持つ、向上心のある人も沢山いるだろう。

 しかし、それは大多数には当てはまらないと思っている。

 街中でおどけている大学生も、部活帰りであろう高校生も、酔い潰れて呂律が回っていないサラリーマンも。心の何処かでこう思っているだろう。

「ああ、人生ってこんなもんなのか」と。

 なにも、全てを環境のせいにしている訳ではない。しかし、元を辿れば、結局は血筋と親やその他の教育者に恵まれているかが重要だ。自力だけでは必ず躓く瞬間が訪れるだろう。

 だから人間は、自分の出来る範囲内で、小さな幸せを模索する。家族形成はその典型例とも言える。

 金銭に限定するならば、己のスペックを度外視した絵空事や、欲望が優ってしまう愚かな人間は犯罪に走る。

 身の丈に合った生活。人生。

 しかし、ここで大きな疑問が生まれる。

 その小さな幸せすらも享受出来ない運命の下に生まれた俺たちは、どうするのが正解だったのだろうか。振動を起こしている脳味噌で必死に考え、考え、考えた。

 実の父親に殴られている間ずっと。

 我に帰る。ここに俺の世界の全てが詰まっている我が家だ。

 どこ産だか分からない日本酒を片手に持ちながら、殴打を繰り返す。痛覚は一周回って鈍り始め、最早何がなんだかよく分からなくなっていた。

 母親は仕事でいない。妹は俺の横で体育座りをし、手で頭を押さえ、小刻みに震えている。

「おい、もういいだろ。そろそろ金を寄越せよ。俺も愛する息子にこれ以上手を加えたくはないんだ」

 宥めるように話しかけてくる実の父親は、憤りを抑えきれていないらしい。

 かれこれ30分ほど殴られ続けていたが、精神も肉体も限界に近かったので、箪笥の一番下から5万円を取り出し、目の前の化け物に手渡す。

 化け物はその金額に多少の不快感を覚えたようで、顔が一瞬引きつったが、そのまま家から出ていった。

 これで今月何回目なんだろう、考えることも憚られる程には金を取られたし、殴打も食らった。

「千歳、大丈夫か?」

「私は何もされてないから大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 作り笑いを浮かべる妹を一瞥し、自己嫌悪に陥る。

 ボロアパートに、学校に、暴力を振るう別居中の父親。これが俺たち兄妹の見る全世界だ。

 俺らのような少年少女には、世界は小さく映る。

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