第4話

「何度も言ってるだろう。その通りだ。取り敢えずこの空間は用済みだし、元の現実空間に戻すぞ」

 少女は携えた鞘から抜刀する。剣は非常にシンプルな造形だ。それを上から大きく下へ振り下ろす。

 空間を切り裂くかのように。

 瞬間、眩かった視界は忽ち黒一色に染まり、その直後に元々いた場所が見える。

「戻った…のか?」

 辺りは雑木林だ。眼前には、やはり金髪少女が佇んでいる。

 どうやら一連のやりとりは夢ではなかったらしい。

「さて、自己紹介がまだだったな」

 若干の笑顔を見せながら意気揚々と話す。

「私はウルズル。梅谷狛江をに送る者だ」

「はぁ」

 少しづつ分かってきた気がする。こいつは他人を思いやらないタイプだ。

 さっきからこっちが質問した時以外全て抽象的なことしか発言していない。見た目相応の精神年齢なのか?

「ウルズル様は相変わらず段取りを踏めない方ですなあ」

 どこからか剽軽な声が聞こえた。どこから?ここにはウルズルと俺以外に誰もいなかったはずだ。

「ここですよここ」

 上空には小さな鳥がいた。喋っているのはこいつか。

「喋れるんだな」

「初対面で驚かないとは珍しい。何か特殊な訓練を受けた方なのですか?」

「いや、さっきから浮世離れしたことが起きすぎて慣れただけだよ」

 さっきの空間と、目の前にいるウルズルが、その証左だ。

「フェルニル、あんたはでしゃばるなって散々注意したわよね」

 ウルズルの目が、完全な吊り目状態になる。

 結構表情に出るタイプらしい。

「し、しかし、先程までの説明では狛江殿も困るでしょうし」

 フェルニルと呼ばれた鳥の言う通りだ。

 でも、これが起死回生のチャンスだと言うことは、理解出来た。

 もし、これが手の込んだドッキリだろうが白昼夢だろうが関係ない。どのみち現状の生活で失うものなど、俺には存在しないのだから。これでが取り戻せるなら何の問題もない。

 やり直してやる。これが、今まで俺から目を背けてきた狡猾な神さまへの復讐になるなら、それも一興。

 どのみち、現状の生活に失うモノなど、ないのだから。

「ウルズル、俺を過去に送ってくれ」

 フェルニルは米粒程しかない目を見開く。余程驚いたのだろう。その呆気にとられた表情は鳥ということを忘れさせるかのようだ。

「狛江様、この説明で納得されたので?タイムトラベルには様々な危険や、制約が伴います。使者の遣いである私が言うのもおかしな話ですが、これは一種の契約です。完璧な契約説明が10だとした場合、今のは1ですよ!」

「その選別とやらで、俺の今までの人生も粗方見てきたんだろ。で、もう俺がどの時間に戻るかはウルズルも分かってるはずだ。そのくらいの予測は付くよ。違うか?」

 眠気が覚めた。今までにないくらい脳みそが回り出す。

「まぁ、大体あってるよ。あとは追い追い話せばいいだろ。こっちもこっちで色々切羽詰まってるんでね。時間も惜しいから即決してくれて助かったよ」

 ウルズルは邪険な笑みを浮かべながら意気揚々と話す。見た目と口調のギャップを受け入れるには少々時間がかかりそうだ。

「とは言っても、こっちにも色々準備があるんだ。時間遡行に必要な力がまだ蓄積していない。あと3日は我慢してくれ。その間にこの時代でやり残したことでも消化すればいいんじゃないか」

 その必要な力というのは、恐らくこちらが質問したところで理解出来ない類の代物なんだろう。現代では説明がつかないほどの、なにか。

 取り敢えず、家に帰って考えることにしよう。そうでもしないと一旦冷静にもなれないし。

 今気が付いたが、ウルズルが作り出す空間の前に形成されていた3本の道は消えており、コンビニに来た時の道に戻っている。

 そういえば。

「なぁ、あの分かれ道を作ったのもお前なのか?」

「そうだけど、何か不満でも?」

「あの時別の道を選んでいたら、俺はどうなってたんだ?他の道も崖だったっぽいけど」

 ウルズルがきょとん、とした表情を浮かべた後、笑いながら返答する。

「死んでたな」

 急にこの先が不安になってきたけど、もうどうでもいいか。

 どうやら運命はここに来て良い方向に向かっているらしい。

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