第2話

 車輪がヒーヒーと悲鳴を上げ、今にも転倒しかけている。

 実際、悲鳴を上げているのは自転車ではなく、漕いでいる自分自信だということに気付いたのはついさっきだ。

「あれ、俺って、こんなに、体力なかったっけ」

 思わず声に出した発言でさえ、スタミナの消費に直結する。

 件の雑木林に突入し、人気のない場所に入った瞬間、堰を切ったようにフラストレーションが溢れ出た。

「ああああああくっそおおおおおお」

「だああああああああああああこのバカがぁぁ」

「うがぁぁぁぁぁぁぁ」

 普段人と話していない上に、住んでいるボロアパートでは大きい声も出せないので、今のうちに内に秘めた憤怒を発散しようと試みたのだ。

 大丈夫、周囲に人はいない。

 体力切れにほど近い状態で自己最大級の大声をだしながら自転車を漕ぐ無職。見られたら十中八九警察行きだろう。

 息切れをし、口を開けたまま猪突猛進を続ける。

 しばらくすると、目的地である怪しい店が視界へ入ってきた。

 相変わらず気味の悪い店だなと思いつつも、ここまで来たらなんの成果もなしにとんぼ返りする訳にもいかない。

 泣く泣く自転車を止め、店内に入る。

「中は普通なんだよな…」

 1人ぼやきながら適当な食品を手に持つ。

 パン、おにぎり、麺類などの炭水化物や、少量ではあるが、緑黄色野菜も手に取る。

 自分はそんなに食べる方ではないので、この量で1週間は生き延びられるだろう。

 生き延びられる、か。

 いつまでこんな生活が続くのだろうか。考えたくもないことが脳に浮かび始める。

 駄目だ。よくない傾向。

 おそらく昨日から寝ていないから悪い方向へ考えてしまうのだろう。さっさと会計を済ませて家へ戻ろうと決意した。

 レジに行くと、バックヤードからお馴染みの老婆が出てきた。

 無表情の老婆は、順々に商品バーコードを読み取っていく。

 それだけなのに、何故か緊張感が駆け巡っている。

 その瞬間、唐突に老婆の口角が上昇した。

「あんた、憑いてるね」

「はい?」

 ツイてる、とはなんなのか。コンビニのキャンペーンか何かに当選したのだろうか。しかし、そんな表示はどこにもされていない。

「何かキャンペーンとかやってましたっけ」

「違うよ。憑いてんの。あんたの背後に、ね」

「え?ま、まさかそんなことあるわけ」

 瞬間、老婆がこの世のものとは思えないほどの笑い声を出し始める。おそらく、地球上の生物では形容し難いほどの。

「あんたがその契機を活かせるかどうかは神しか分からないけどね」

 理解が追いつかない。一連の出来事が瞬時に終わり、リアクションすら取れなかった。

 多分寝ていないからだ。おそらく今のは幻覚かニート生活で俺がイかれたかの二択だろう。

 老婆に目を向けたが、姿を消した。あれ、そういえば支払いって済ませたんだっけ。

 いよいよ俺も天に召される時が近いのかもしれないな。

 自分でレジ袋に食類を入れ、店を後にした。

 後にしようとしたのだが、どうやら本当に俺の頭は萎縮しているらしい。

 帰り道が、分からなくなった。

 いや、正確に言えば、ここに来る途中までは一本道だった筈の道が3つに分かれている。

 どれも、ここから観察する限り同じような形相を成している。ただの雑木林だ。

 必死に現状把握しようと頭をフル回転させるが、俺の脳味噌は最早廃車寸前の軽トラックに等しい。

 疲れた。

 適当に選んだ道を行くことにしよう。帰れそうになかったら引き返せばいい。

 一番最初に目に入った正面の道へ進もうとペダルを漕ぐ。

 しかし、なぜ気付かなかったのか。

 そこに足場はなかった。




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