第9話 アタシと結婚しなぁい・・・?

 体育の授業も終わり、着替えを済ませた僕たちが来たのは本校舎にある調理室である。そう、二時間目の授業は家庭科だ。今日は珍しく調理実習を行うらしく、先日から先生に言われていた通り僕たちはエプロンを持参した。エプロンに着替えている最中に五月さつきから謎の視線を感じたが、あまり気に留めず早々にそれを済ませた。


 「三輝みつきぃ、エプロン似合ってるねぇ」

 「やっぱり三輝くんは青が似合うよね」

 「そ、そうか・・・ありがとう?」

 「なんで疑問形なのぉ」

 「いや、エプロン似合うって言われてもでしょ」


 「・・・わ、私も! 似合ってると思うよ!」

 「五月! あ、ありがとう!」


 突然横から会話に参加してきた五月に少し驚いてしまった。君も早くエプロン着なよ。

 今日の授業内容はお菓子作りとのことだ。クッキーを焼くと聞いている。料理は毎日しているし僕は超の付く甘党なので、今日の調理実習は正直かなり楽しみにしていた。

 自分の班の方に戻って行った五月に目を向けると、彼女は既にエプロンを着始めていた。ところどころに花の刺繍が施されている淡いピンク色のエプロンがよく似合っていて、思わず見とれてしまいそうになる。前々から思っていたが、やはり彼女はあれくらいのピンク色が似合う。彼女の可愛らしさをその色が存分に引き出しているような気がする。


 「みんな、揃ってるかしらぁ・・・?」

 「えっ、なんで咲十三さとみ先生が?」

 「いやぁ、山下先生が土日の間にインフルっちゃったみたいでねぇ・・・そこで、丁度授業の無かったアタシが・・・来ちゃった♡」


 来ちゃった♡ じゃねえよ。

 山下先生というのは、家庭科を担当している若い男性の先生だ。高校時代にラグビーをやっていたとかで出鱈目でたらめに体格が良い。もはや何故体育の担当にならなかったのかが不思議な彼でさえじ伏せてしまうインフルエンザ。全く恐ろしいものである。

 てか今思ったんだけど咲十三先生って料理できたっけ。


 「てか今思ったんだけどぉ、咲十三ちゃんって料理できないんじゃなかったっけぇ?」


 またもや僕の心を読んだのか、隣にいた十三実いさみがのんびりと発言した。心臓に悪いのでやめてほしい。一瞬自分が喋ったのかと思ったわ。


 「え、えーっと・・・そのぉ・・・」


 あ、できないねこの人。

 あんなに余裕のある大人なのに、最近は彼女の弱点しか見ていないような気がする。

 ・・・っと、少し恥ずかしいことを思い出してしまった。さっさと忘れよう。


 「まあとにかくっ、もう黒板にレシピ書いちゃってるみたいだしそれぞれ始めてぇ・・・っ?」


 可愛く言えば許されると思うなよ。・・・許す。

 というわけで早速僕たちの班も、材料を量りに行ったり調理器具を用意したりとそれぞれ準備に入った。ちなみに風早兄弟とは同じ班である。僕の担当は材料調達と計量。小麦粉やバター、砂糖などをレシピ通りに量り、卵を一つ持って自分の班へと戻った。


 「混ぜるのとかぁ、全部三輝に任せちゃっても良い?」

 「ボクたちが焼いたり片付けしたりするからさ」

 「え、いいのか?」

 「だってほら、三輝くんが一番料理上手いし。」

 「ええ・・・」


 残りの二人も首を縦に振り、それに賛成のご様子。『オレたちも手伝うぜ、メスとか言ってくれたら横からメス渡すし』とのこと。手術かよ。言いたいことは解らなくもないがもう少し可愛らしい例えをしてほしいものだ。お菓子作りだし。


 「わかった、じゃあ始めるよ」

 「オペをぉ?」

 「だから手術じゃないって。」


 言われた通り作業に取り掛かる。バターを軽くレンジで温めてもらっている間に、小さなボウルに卵を割り溶き卵を作っておく。二十秒ほど温めてもらったバターの入ったボウルを受け取り、柔らかくなったそれをマヨネーズ状になるまで混ぜる。あまり温めすぎても油分が分離してしまうのでこれくらいがちょうどいい。

 続いてそれに溶き卵、砂糖を加え丁寧に混ぜ合わせる。混ぜ終わったら、小麦粉をふるいに掛けながら少しずつ加えていく。一気に入れるとダマになってしまうので数回に分けて丁寧に。


 「す、すげえ・・早え・・・」

 「ボク、卵片手で割れない・・・」


 隣からそれぞれの感嘆が聞こえる。感嘆という言葉の二通りの使い方を同時におこなってくれるので説明が楽で助かる。十三実に至ってはいつもの喋り方若干消えてるし。

 とは言っても、僕としてはそう大したことをやっているつもりは無いので素直に喜ぶことができないのだが。


 「え、星野、これ本当に君がやったの?」

 「そうですけど咲十三先生、いつもの口調どこに置いてきたんですか。キャラが死んでます」

 「キャラとか言わないでよぉ・・・っ」

 「あ、戻った」

 「ていうかまだ三分くらいしか経ってないわよ・・・? 他の班なんてまだ卵割ってる子とか居るのよ・・・? 何者・・・?」

 「先生、またキャラ死んでます。そして僕は星野です。」

 「星野って料理もできるのねぇ・・・」


 うっとりとした表情でこちらを見つめる咲十三先生。やはり表情がなんとも艶めかしい。うっかりこちらが目を奪われそうになる。


 「星野ぉ・・・っ」

 「なんですか」

 「アタシと結婚しなぁい・・・?」


 刹那、クラスの男子という男子からの殺意に満ち溢れた視線を感じた。が、気にしない。


 「却下で」

 「えぇ・・・! 冷たい! でもアタシそういうのも好―――「ああ、はいはい!!」


 とんでもないことを発言しかける彼女を止める。キャラ崩壊しすぎだろこの人。ひとまず先生を他の班になすり付けて作業に戻る。僕が咲十三先生と話している間に十一とういちが生地を完成させてくれていたようで、それにバニラエッセンスで仕上げをし、僕たちは型抜きの作業に入った。


 「この作業が楽しいよねぇ」

 「ありがとね、三輝くんのおかげですごく早くできてるよ。」

 「お、おう」

 「俺らの班ぶっちぎりじゃーん」

 「そりゃそうだよ、まだ五分ちょっとしか経ってないもん」


 たしかに、調理開始から五分ちょっとでこの段階に進んでいるとなるとかなり早い方なのだろう。

 型抜きを終えた僕らはそれを天板に並べ、余熱しておいたオーブンに入れて焼き始めた。

 オーブンの機械音が鳴った瞬間、クラスのほぼ全員から『えっ』『早くね』などと声が上がった。待ってやっぱ僕らくそ早いんじゃね?


―――


 「うっっまあああああああああ!!!」

 「え、何これ美味しいなんでこんな美味しいの怖い怖い」

 「怖いってなんだよ」


 一枚目のクッキーを口に運び、各々が感想を口にする。十一からは普段の冷静さが一切感じられず、何故かクッキーの味を前に絶望に近い表情を浮かべている。皆さん今日キャラ崩壊しすぎじゃありませんかね。

 それにしてもこのクッキー、本当に美味しい。今まで自分で作ったものの中ではトップクラスの出来である。風早兄弟の反応は大袈裟だと思うが、美味しいという感想には全く同感である。


 「あらぁ・・・もうできたの・・・? 一枚いただくわねっ」


 咲十三先生は一口目を口にした瞬間、一瞬驚いたような顔をした後すぐさまその表情を緩めた。緩めたというよりはとろけたという言葉の方が適切かもしれない。幸せそうで何よりではあるが、恍惚こうこつとしたその表情は男子高校生には刺激が強すぎる。


 「えーっと・・・星野ぉ・・・」

 「な、なんでしょう」

 「やっぱりアタシと結婚――「嫌です」

 「はぁ・・・!! 料理上手でイケメンで優しくておまけにドS!! ますます――「わかったから!! 落ち着いて先生!!」


 今日の咲十三先生はやたらと積極的である。

 こんな茶番を繰り広げている間に、他の班のクッキーも続々と焼きあがっていた。どうやら五月の班も完成したようなので、僕はそこに向かった。


 「み、三輝・・・! え、えーっと、えへへ・・・」

 「・・・・・・なん・・・だと?」


 彼女が手にしていたのは―――

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