第8話 かっこよかったから

 「おはようございますっ星野くん!」

 「おお、おはよう、ゆい


 あれからあっという間に土日を消化し、本日は月曜日である。普段より精神的疲労が溜まっていたこともあり、週末は父さんと同じく泥のように眠っていた。

 唯というのは、この間僕を軽く拉致らちった新聞部部長の下の名前だ。二偶唯ふたたまゆい。彼女の強い要望により、僕は彼女のことをゆいと呼ぶようになった。彼女から好意を向けられていることを知った上で関わるというのはどうにも少しむず痒いものだが、僕も五月に同じことをしているはずなので人のことは言えなかった。

 唯との挨拶を終えて教室に入ると待っていたのは、みんな魂の抜け落ちたような表情で、だがしかし騒がしい、まるで全員がゾンビにでもなったかのような、そんな月曜日特有の風景だった。

 気持ちは分かるよ。月曜は僕も好きじゃない。てか月曜が好きな学生とかいるのかな。


 「おはよう、三輝みつき

 「お、おはよう五月さつき!」


 やけに久しぶりに名前を呼ばれた気がして、一瞬だけ変に緊張してしまった。双子だと分かっていても、やはり僕は彼女のことが好きみたいだ。


 「おはよぉ三輝ぃ」

 「おはよう三輝くん」

 「よっ風早兄弟」


 こいつらはいつも通りだ。最近は非日常的なことが多すぎて、気持ち悪い言い方をすればこいつらの存在にかなり救われている部分はある。本当に気持ち悪いけどね。


 「あぁ、一限体育だからもう着替えとこうよぉ」

 「それもそうだな」


 週に三度ある体育の授業。うちのクラスは運悪く、月曜日の一発目にそれがやってくる。土日にしっかりと身体を動かしている人間ならばまだしも、惰眠に惰眠を重ねた僕の身体は未だかつてない程になまっている。怪我とかするんじゃないかな、マジで。さらに今日の授業内容はバスケットボール。数あるスポーツの中でも特に全身の筋肉を使う競技なのでなおのこと身体が心配である。

 早々に着替えを済ませて別館の体育館に向かい、風早兄弟と共に入念なストレッチを行う。筋骨隆々なスポーツ選手でさえ、たった一回の怪我で選手生命を絶たれることがあるのだ。僕らのような一般ピーポーがそれをおこたればどうなるか、待っているのは病院のベッドである。

 ・・・ということを何故か風早兄弟に熱弁しながら準備運動を終えると、先生の指示でウォーミングアップが開始された。り固まっていた筋肉も先程のストレッチで幾分かマシになり、ボールを抱える腕も、走る脚も、かなり軽い。やっぱり柔軟って大事ですよ皆さん。


 「そろそろゲーム始めるぞー、とりあえず出席番号順で五、六人ずつのチーム作ってそれぞれ始めてくれー」


 先生の指示が飛ばされる。僕は二試合目らしいので、別チームではあるがやはり仲の良い風早兄弟と一試合目の観戦をする。言うまでもないが、苗字が同じである彼らはチームも同じである。


 「君ら何試合目なの?」

 「んー? 俺らは二試合目だよぉ」

 「三輝くんは?」

 「・・・二試合目だ」

 「え、それってつまり・・・」


 「くっくっくっ・・・」

 「ふふふ・・・」

 「ふはははは」


 「「「戦争だ(ぁ)・・・」」」


 基本的に男子高校生のこういったノリは無視していただいて構わない。男というのはそういうものである。中二病という病気は、思春期である限り、あるいはそれを過ぎたとしてもいつまでも再発し続ける可能性のある凶悪な病なのだ。

 なんて冗談はさておき、何においてもだが彼らと勝負をすることはそう多くない。お互いの力量が未知数だからこそ燃える勝負もあると思うし、それが仲の良い相手ともなれば自ずと奮い立つものだ。

 しばらくすると、一試合目の終了を告げる笛が鳴った。同時に、二試合目に出る生徒がコートに招集された。


 「負けないよぉ・・・」

 「さあ・・・行くぜ・・・」

 「「「最終戦争ラグナロクへ・・・・・・!!」」」


 まだ二試合目である。


 ───


 「パス! こっちフリー!」

 「任せたぜ星野!!」


 試合終了まで残り十秒、点差は一点で相手のリード。バスケットボールでは一度に得点が二点乃至ないし三点入るので、これを決めれば逆転勝利である。

 今日はやけに調子が良く、僕はこの試合既に数本のシュートを決めている。もともと運動が苦手なわけでは無いし、何より先程から五月が観戦してくれているというのが大きい。関係性がどうとかはさておき、好意を持っている相手が見てくれているとなれば必然的にパフォーマンスは向上するものだと思う。

 何にせよこのタイミングで回されたこのボールには、相応のプレッシャーがし掛かっている。心なしか普段以上の重みすら感じる。


 「かかっておいでぇ、三輝ぃ!」

 「行くぞ十三実いさみ!」


 僕のディフェンスに就いたのは十三実いさみ。この試合、僕は彼をドリブルで抜き去る際こちらから見て右側にしか走っていない。つまりここで意表を突いて左に走れば抜ける可能性は高い。少ない残り時間から考えてもそれが有効なはずだ。

 しかし、彼とは長い付き合いだ。僕がその選択をすることが想定されてもおかしくは無い。加えて彼には不定期で僕の心を読むという特殊能力がある。ならばここは、右に動くと見せかけて左、そこでもう一度フェイントを入れて…右!!


 「…なっ!」

 「もらったよ十三実!」

 「くそぉ…でもっ!」


 抜き去っても尚、食らいついてくる十三実。未だかつて彼とこんなにも熱い戦いを繰り広げたことはない。これ、体育の授業なんだぜ。びっくりだろ。

 思い切り走り抜け、俗に言うレイアップシュートの体勢に入ろうとしたその時。


 「させないよ!!」

 「ッ…! 十一とういち!」


 思わぬ刺客しかくである。風早兄弟に挟まれ、前後は完全に塞がれている。

 ここで僕に与えられた選択肢は二つ。一つはこのまま真上に跳んでシュートすること。もう一つは、横にいる味方にパスを出すこと。後者の方が安定しているように感じるが、残り時間は一桁秒。シュートのチャンスが生まれる可能性は低いし、そもそも味方はこの少ない残り時間で僕にボールを回してくれたのだ。責任感や使命感に近い何かが、パスをするという選択肢を消した。


 「決めてやる…っ!」

 「止める!!」


 ボールを頭上に構えると同時に僕は思いっきり跳んだ。それをブロックするため十一とういちが跳んだ途端。


 「頑張って! 三輝!」

 「ふぇ!?」


 先程まで静かに観戦していた五月からの突然の声援。しかも今までに無い大声で名前を呼ばれ、動揺が表に出てしまった。見れば、呼んだ彼女自身も無意識で呼んだのかおどおどし始めている。完全に体勢も崩れ、手元も狂ってしまった。

 リングにはじかれたボールが、コートへと落ちた。ほんの一瞬だけ流れた緊迫した空気は、その落下音によって霧散むさんした。


 「うおおおおおおお勝ったぁあああああ」

 「やったね兄さん! みんな!」

 「くそおおおおおおおおお」

 「俺がヘルプ行ってればああああああ」


 両手を上げて喜ぶ相手チームのメンバー。いつくばって敗北を嘆く僕の味方。

 念のためもう一度言っておこう。これは体育の授業である。

 しかしながら悔しいのは僕も同じだ。あの場面で取り乱さなければあのシュートは入っていたのかもしれない。そう考えると僕も地に這いつくばってしまいたい気持ちにはなったが、次の試合もあるし邪魔になるのでやめた。我ながら偉い。

 白熱した勝負を繰り広げた相手チームとそれぞれ握手をし、僕たちはコートを後にした。


 「三輝、おつかれさま!」

 「あ、ありがとう五月」

 「ごめんね、私最後すごい叫んじゃって。」

 「いやいやいいよ、気にしないで」


 水分補給のため、僕は水筒の水を飲んだ。


 「その…三輝があまりにもかっこよかったからつい…ね?」

 「ッ! ゲホッゲホッ!!」


 そして吹き出した。

 頰を赤らめた五月の表情が、やはりどうしても可愛すぎる。

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