第7話 こうするしかない!

 「待ってくれ落ち着いてくれ!!」

 「嫌ですっ。お断りします!」

 「おい!! 頼むほどいてくれよ!!」


 ここは恐らく、僕達の教室と同じ階にある空き教室だ。去年の文化祭のときにここに運んだ荷物がほとんどそのまま残っているので間違いない。何故自分の居場所の特定にこのような推理を必要としているのかというと、僕にはここに来たときの記憶が無いからである。今僕が視覚により確認できている情報は、ここが空き教室であること、時計が示す時刻から今が放課後であること、自分の手足が縛られ椅子に固定されていること、そして目の前に半裸はんらの女子生徒がいることだ。

 もう一度言おう。目の前にがいる。この状況の危なさを説明するにはもはやこの一文だけでよかった気がする。


 「さあ、早く! どっちにするんですかっ!」

 「待て!! か、考え直せ二偶ふたたま!!」


 二偶ふたたま。それは目の前で今にも全裸になってしまいそうな勢いの女子生徒の苗字である。そう、僕は彼女を知っている。二偶唯ふたたまゆい、一年の頃の僕のクラスメイトである。人とのコミュニケーションがそう得意でないことからクラスでも友人が少なく当時たまたま席が近かった僕とばかり話していた(らしい)同級生の女友達だ。小柄で、ウェーブのかかった茶髪がよく似合っている。

 そして言い忘れていたが、彼女はこの学校の新聞部の部長である。

 勘の良い方ならもう察しているだろうが、先程の昼休みで僕と五月さつきの会話を盗み聞きしていた人物こそがこの二偶唯ふたたまゆいである。

 僕はそれをネタに今まさに脅迫を受けている。

 彼女の提示した脅迫内容はこうだ。


 『星野ほしのくん、よく聞いてくださいね? 星野くんに与えられた選択肢は二つです。一つは、先程の会話の内容を新聞に掲載する許可を出すこと。もう一つは、このままわたしに既成事実を作らされて、わたしと付き合うことです! 個人的には後者を推しますが・・・』


 彼女は頭でも打ったのだろうか。自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。

 要するに彼女は、星野三輝ほしのみつき翠川五月みどりかわさつきが双子であるという事実を全校にバラされたくなければ私と付き合え、と言っているのである。

 やはり頭を強打したのだと思われる。


 「て、ていうか二偶ふたたま、どうやって僕をここに?」

 「隣の科学部からお借りした薬品で一発でした!」

 「一発でした! じゃねえよ!! んで、それってあのクロロホルムとかいうやつか?」

 「いえ、クロロホルムは実際には長時間嗅がせないと意味が無いみたいでしたので、もう少し強いお薬を頂きました!!」


 どうりで意識を失ったときの記憶が無いわけだ。うちの高校の科学部はマッドサイエンティスト集団であることで有名だ。危険な薬を持っていてもそこまで違和感は持てない。頼むから先生たち、仕事してくれ。


 「もうこんなことは・・・って、おい!」

 「はい? ・・・なんでしょう?」

 「なんでしょう? じゃねえ! ぼ、僕にまたがるな降りろ!!」

 「お断りしますっ!」


 語尾に音符でも付きそうな調子で依然として満面の笑みを浮かべる二偶。彼女は今、座っている僕の両膝に跨り、こちらを向いて座っている。ちなみに彼女は今下着以外を身につけていないので、これが他の人にでも見られようものなら間違いなく僕はお縄である。

 というかその、女性特有の良い匂いと目の前の半裸体があまりにも暴力的でこのままではいろいろと危ない。咲十三さとみ先生や五月ほどは無くとも、男子高校生の理性を揺さぶるには充分すぎる魅惑の果実が目の前にはある。このままでは本当にいろいろとまずい。


 「は、ははは話をしよう二偶、頼むから・・・んぐっ!!」

 「へへへ、翠川みどりかわさん程ではないですがそこそこ自信はあるんですよ! さあ、どうするんですかっ!」


 その体勢のまま僕は抱きつかれた。つまりどういうことか。僕が産まれて初めて女性の胸に顔を埋めたということだ。

 彼女には僕の話を聞く様子が一切無く、このまま何も抵抗しなければ僕は社会的立場を完全に失うことになる


 「はぁ・・・はぁ・・・。てかそもそも何で僕と付き合うことが交換条件なんだよ・・・!」

 「・・・へ? 星野くんのことが好きだからに決まってるじゃないですかっ!?」

 「・・・へ?」


 待て待て意味がわからん。落ち着け。いや僕が。


 「本当に言ってるのか・・・?」

 「本気じゃないとこんなことしません!」

 「でも、なんで・・・?」

 「なんでって・・・星野くんが優しくてかっこいいからです!」

 「・・・ふぇ?」


 彼女の頭上に音符が浮かんでいるのだとすれば、今僕の頭上には疑問符が並んでいることだろう。全くと言ってもいいほど心当たりがない。好かれるようなことをした覚えなんて微塵もないし、第一、僕は決してかっこよくなどない。


 「と、とりあえず降りてくれ話をしよう」

 「わ、わかりました・・・」


 そう言うと素直に他の椅子に座り直す二偶。あ、ほどいてはくれないのね。了解。


 「それでだ。何故こんなことをした。」

 「だからさっきも言ったように、星野くんのことが――「ああ分かった分かったそこはもう言わなくていい!!」


 そう、シンプルに恥ずかしい。悪いかよ。


 「でもそれならそうとこんな事しなくたって・・・」

 「だって星野くん、翠川さんのこと好きだったじゃないですか。」

 「えっ」

 「えっ」

 「気づいてたのか」

 「そりゃあもちろん、ずっと見てましたから」


 最後の不穏な言葉は聞かなかったことにするとして。まさかあの片想いがバレているとは思わなかった。しかもこの最悪の相手に。


 「星野くんが翠川さんと双子だって聞いて・・・」

 「聞いて・・・?」

 「こうするしかない! と思いまして」

 「なんでそうなるんだよ」

 「だってそうじゃないですか! 星野くんがどれだけ翠川さんのことを好きでも、二人は双子です、家族なんです! だったらわたしが星野くんの次の好きな人になってしまえば万事解決じゃないですか!」

 「ごめん後半よく意味がわからなかった」

 「もう!! でもそんな鈍いとこも好きです!!」

 「っ・・・!」


 人に『好き』と言われることの無い人生を送ってきたため、どうもそういうたぐいの言葉には抗体がなくいちいち動揺してしまう。非常にやめてほしい。


 「星野くんは翠川さんを忘れられるし、二人は新聞を書かれなくて済むし、わたしは星野くんと付き合うことができます! それってもう言うことないじゃないですか!!」


 彼女の言いたいことは解った。たしかににかなった案だと思うし、正直に言えば僕だってどうにかして『翠川さん』を忘れたい。僕は『五月さつき』のきょうだいとして生きて行かなければならないのだから。

 でも、それでも。


 「・・・ごめん、二偶。やっぱり僕は君とは付き合えないよ。僕が五月のことを好きだからではなくて、そんな中途半端な気持ちで君と付き合うのは失礼だと思うんだ。」

 「でもわたしは、それでも・・・!」

 「・・・ごめん。」

 「・・・。」

 「僕だって最近まで、何なら今だって片想いをしてるんだから気持ちは分かる。痛いほど分かるよ。そりゃあ本人の気持ちは本人にしか分からないと思うし全部は分かりきれないけど。でも僕は、仮に五月と中途半端な気持ちで付き合ったとしてもきっと納得いかない。どこかで必ず傷付くと思うんだ。」

 「・・・っ。・・・うあぁ」


 泣き始める彼女に、僕は何もすることができなかった。・・・いや、まあ縛られてるからなんだけどね。


 「・・・解いてくれるか?」


 彼女は頷いて、僕を縛っていたひもを解いてくれた。解き終わった彼女は、泣きながら言った。


 「・・・ごめんね、星野くん」

 「ううん、いいんだよ」

 「・・・ありがとう」

 「こちらこそ。」


 そう言葉を交わすと、彼女は涙を拭いた。

 そしていつも通りの満面の笑みで、こう言った。





 「いつか絶対、わたしに振り向いてもらいますから! 覚悟してくださいね、星野くん!!」


 これは後日談だが、何日経っても、例の新聞が学校に貼り出されることは無かった。

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