第3話 これからもよろしくね
———これは、僕が告白をした、いや、告白を受けた?ㅤ・・・まあどちらでもいい。その事件の後。僕が帰宅してからの話である。
「・・・父さん。あのさ」
ダイニングテーブルを挟み、僕は父親と向かい合って座っている。そう、夕食の時間である。僕にきょうだいは居ないので、星野家は二人家族である。まあ、前提として『今までは』という話になってしまうのだが。
「どうしたんだ、
「・・・なんで言ってくれなかったの?」
「何をだ?」
一呼吸置いて、少し怒鳴るように言った。
「僕に双子のきょうだいが居たなんて大事なことをさ!!」
「・・・? 何を今更そんなことを?」
「・・・へ?」
え、なにその反応。怖い怖い。
数秒の沈黙が続く。お互いアホのような顔をして。
「・・・えっなにその、知ってて当然でしょみたいな」
「いやいや、だって俺、昔言ったじゃん」
「いやいやいや聞いてない聞いてない」
「俺が離婚したのは言ったよな?」
「まあそれは、うん。だいぶ前に」
「その時に俺、四人家族だったって言ったよな?」
「う、うん。でもそれは昔一緒に住んでたお婆ちゃんのことでしょ?」
「あちゃー。」
「あちゃー。じゃねえよ」
どうやら僕と父親の間で重大なすれ違いが起きてしまっていたらしい。しかしながら、『四人家族だった』と聞いて自分に双子のきょうだいがいるなどということが想像できる人間がいるだろうか。いやいない。これに関しては僕は何も悪くないと思う。うん。絶対悪くない。
「まあたしかに、双子って言葉は出してなかったかもなあ」
「いやそれならわかる訳ないじゃん」
「ああ悪かった悪かった、ごめんごめん」
え、なんなのその軽いノリ。さっきから。
こっちは青春の五年間を盛大に棒にふる羽目になったんだが?
「それにしてもなんで今更それで怒ってるんだ?」
「えっ…」
そのきょうだいに告白して盛大に振られた、などということが言える訳がなく言葉に詰まる。そもそも父親には、自分に好きな人がいることすら話したことがない。加えてその相手が自分の、そして父親の血縁者なんて事実は口が裂けようが腹が裂けようが言えない。
「どうしたんだ…? ん、もしかして…
「え、え〜? だ、誰だろう五月っててててそんな人ししし知らないなあ」
五月に会った、それは間違い無いのだが。正確には『会っていた』だ。
何も、初めて会った訳ではない。会ったのは五年前で、笑顔に惹かれ、人柄に惚れ、恋をした上で、彼女が自分のきょうだいであることを今日初めて知ったのである。そこは勘違いしないでほしい。いや、だから何なんだって話なんだけど。
脳内はこんなにも冷静なのだが、僕は現在焦るあまりに会話を
お察しの通り、今回も全くもって冷静ではない。
「そ、そうか。まあ流石にあり得ないよなあ、生き別れた双子が奇跡の再会だなんて、フィクションでしか見たことないよな」
フィクションだったらよかったよな。
夢ならばどれほど良かったでしょう、などと歌った人がいるが、彼にも生き別れの双子に恋をした経験があったのだろうか。いや、うん。ありはしないとわかっている。
僕は恐らく、『そうだねえ』などと適当な返事をしたと思う。なんたって僕は脊髄で会話をしているのだ。脳を使ってないので当然記憶にも残っていない。
それにしても、先程までの想像とはだいぶ違う方向に話が進んでしまった。僕はてっきり、父さんは僕に『
それに、父さんは既に伝えた気で居たのだ。実際にしっかりと伝えた訳ではないが、伝えた気で居たのである。ここがこの話の厄介なところで、僕が五年間を棒に振る羽目になった元凶とも言える部分だ。
しかしこれは完全にすれ違いで、今更
しかし、だからこそ辛いのだ。彼は彼なりに僕に伝えたつもりでいた。だがそれはもう十年ほども昔のことで、お互いに記憶があやふやな部分だってある。もしかすると僕が聞き取っていなかっただけ、なんてこともありえる。過去のことを振り返っても仕方がない、などと綺麗事を言いたい訳ではない。とにかくどうしようもないのだ。どれだけ嘆いても僕が恋をした相手は自分のきょうだいで、その事実はどんなことがあっても覆らない。この五年間だって帰ってくることはないのだ。そしてその事実が、どうしても、何よりも辛いのである。
夕食を終えた僕は、いつもより少しだけ早く自分の部屋に戻った。
「はぁ…。」
ため息しか、出なかった。
言うまでもないとは思うが、これは食事を終えたことや、入浴を済ませていたことによる安堵のようなため息ではない。こんなにも心身ともに疲弊しているのは生まれて初めてだ。
五年間の片想いの末に好きな人に告白をし、あっさりと振られ、自分に双子のきょうだいがいたことを知り、そしてそのきょうだいが自分の好きな人であることも知った。これだけのことがたった一日の間に起こったのだ。疲れないほうがおかしいだろこんなの。
「なんなんだよ…。」
今日だけで何度目だろうか。答えのない問いかけを誰にという訳でもなく投げる。いや、吐き捨てる、と言った方が正しいだろうか。もっと言えば、こんなのは問いかけでも何でもない。強いていうならば愚痴に近いものである。
僕はベッドに倒れこみ、天井と向かい合った。
すると天井には、先程の告白の様子が映し出された。もちろん比喩だ。何もない天井を見ていると余計にいろいろなことを考え込んでしまい、記憶の片鱗が映像のようになって写し出される。僕には妄想癖に類似した何かがあるのかもしれない。ただ鮮明に先程の様子が脳裏に浮かび、辛くなり、そしてため息をこぼす。それを何度も繰り返し、自分の気がどんどん滅入っていくのを感じた。
どうしようもないと頭では分かっていても、気持ちは下がる一方なのだ。それほどまでに、五年という年月は長い。あまりにも長いのである。
「あっ」
スマホの着信音が鳴った。メッセージだ。
送り主は…
〈改めて、今日は本当にごめんなさい。
突然あんなこと言って困らせちゃったよね。
そして、ありがとう。
私のことを好きだって言ってくれて嬉しかった。
本当に、嬉しかった。〉
嬉しかった、というのは僕に対するせめてもの慈悲なのか。お世辞なのか。それでも、今の僕には贅沢すぎる言葉だった。どん底にまで下がった気分が少しずつ上がり、その言葉だけでこの五年間が報われるような気すらした。
しかし、すぐには返事をすることができなかった。
どう返信すればいいのか分からず、画面とにらめっこを続けた。しばらくそれを続けていると、また翠川さんからのメッセージが届いた。気を使わせてしまったのだろうか。僕は
〈これからもよろしくね、三輝。〉
一言で表すならば、嬉しかった。
思うことも、言いたいこともたくさんある。だが、それを一つの言葉として発するのであれば間違いなくそれである。
あれだけ迷っていた返信が、今度はすんなりとできた。
〈うん、こちらこそよろしくね、五月。〉
僕の思考からはもう、先程のような暗さは消えていた。
結果が普通とは違えど、僕の恋は報われた。僕の想いは報われたのだ。
これからもよろしくね、なんて言葉は僕には勿体ないくらいだ。
「…はぁ。」
言うまでもないとは思うが、今度のため息は紛れもなく安堵のため息である。
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