第2話 それでも僕は

 「は? 三輝みつき翠川みどりかわさんが双子ぉ?」

 「そ、それは本当なのかい?」

 「そうなんだよ…。」

 「え、てことはつまりぃ…」

 「つまりそれって…」

 「何だよ二人とも」

 「「三輝(くん)、めちゃくちゃシスコンじゃん」」

 「うるせえよ! それは違うだろ!!」


 もう少し純粋に驚くことはできないのか風早兄弟。てかハモるなよ、早速双子あるある披露するのやめろ。馬鹿にしてるのかおい。

 どうやら僕と翠川さんが双子なのは本当のことらしい。衝撃の告白の後にいろいろ教えてもらったのだが、嘘にしてはやはり出来すぎている。


———


 「ま、待って翠川さん、何もそんな嘘つかなくたって普通に振ってくれれば…」

 「…嘘じゃ、ないんだよね。」

 「…だ、だだだってほら僕ら、そんなに似てないし、みょ、苗字だって違うじゃないか!」

 「でもこれにはほら、書いてあるの、『星野五月ほしのさつき』って」

 「…ッ!」


 『星野五月』。女々しいことを言うようで申し訳ないが、僕にはその名前に聞き覚えがあった。と言うのも、将来的にもしも、仮に、天文学的確率で僕と翠川さんが結婚したときの妄想の中で、勝手に自分の苗字に翠川さんの名前をあててノートの隅っこに書いていたり、小さく声に出したりしてしまっていたからだ。今思い返せば本当に恥ずかしい。紛れもない黒歴史である。その黒歴史が脳内で蘇り、つい動揺をあらわにしてしまったのだ。控えめに言って死んでしまいたい。


 「じゃ、じゃあほら、誕生日とか! 流石に同じ訳がないじゃん!」

 「じゃあ…せーので言ってみる…?」

 「い、良いよよよよ」


 僕の動揺は最高潮に達していた。こんなに取り乱したのは初めてである。ひたいからは冷や汗が流れ、背筋は既に氷りきっている。先程から呂律ろれつも怪しい。


 「せ、せーのっ」


 「「七月二十九日しちがつにじゅうくにち」」


 「…っ!」

 「…。」


 こんな状況でなければ、『へえ、誕生日一緒なんだ。なんか嬉しいなあ』程度で終わるのだが、今回はそうはいかない。絶対に引くべきではなかった三百六十六分さんびゃくろくじゅうろくぶんの一の確率を引いてしまったのだ。冷や汗がついに顎からしたたり始めた。


 「ま、まままま待って、ほらほら、血液型! いくら何でも流石に」

 「私は、A型だよ…? AAのRh+。」

 「…」


 もはや覚悟はしていた。同じである。

 最近病院で採血した際に見たので間違いない。僕もAAのRh+なのだ。

 二卵性の双子では血液型が違うことも少なくないが、流石にここまで重なってしまってはそう捉える他にあるまい。

 この時点でもう腹をくくるべきだったのだが、現実を受け止められない、いや、受け止めたくない僕は、苦し紛れにもう一つだけ聞いた。


 「…両親の名前とか、聞いても良いかな」

 「お母さんの名前が一恵かずえで、お父さんは、えーっと…零次れいじさん、って書いてあるよ」

 「もしかして翠川さんって、お母さんと二人暮らし…?」

 「そうよ、もしかして星野くんって…」

 「…父さんと二人暮らしだよ。父さんの名前は、零次。」


 「…」

 「…。」


 もう確定ですね。はい。僕と翠川さんは双子です。間違いないです。父さんが離婚した相手と一人ずつ連れて行ったんですね。はーい。

 もはや動揺は消え、かえって頭が冴え始めた。現実を受け入れざるを得なくなった途端、虚無感が僕を襲った。


 「…なんだよ。」

 「…」

 「なんなんだよ、意味わかんないよ。」

 「星野くん…」

 「僕はッ…! 五年間も想いつづけたのに…! どう頑張っても最初からダメだったってことかよ…ッ!」

 「ごめんなさい…」


 僕はその場に崩れ落ち、ひどく狼狽ろうばいした。

 先程までは半信半疑だったためか、まだ心のどこかでこの特異な状況を楽しんでいたのかもしれない。しかしそれが確信へと変わると、その事実は僕の想いを、五年間を無駄にしてしまう最悪のものでしかなくなった。

 目尻が熱い。ああ、僕、泣いているのか。振られただけのときには泣かなかったのに。普通に振られただけならばまだしも、こんなの、可能性は今後どう足掻いたってゼロではないか。もっと良い男になってやろうだの、彼女を作って見返してやろうだの、そんな気力すら、もうゼロになってしまうではないか。

 あまりに残酷な現実を前に、僕は完全に絶望したのだと思う。


 「ううん、良いんだよ。翠川さんは何も悪くない。」


 そう、彼女は何も悪くないのだ。しかしそれが、それこそが何よりも辛かった。彼女はただ、親の事情に振り回され双子の片方と離れ、それすら知らずに、その片割れに好意を寄せられ、気づいた途端に告白されて、自身も困惑しつつ断ったら目の前で号泣されて。

 このままではあまりにも彼女が可哀想だと思い、僕はすぐに涙を拭いた。


 「…ありがとう。教えてくれて。そして急に告白なんてして、ごめんね。」

 「い、いやいや! 私の方こそ、もっと早く、気づいてすぐに言うべきだったの。」

 「ううん、良いんだよ。」


 「…」

 「…。」


 「あの…星野くん。」

 「な、なに?」

 「こ、これから…どうしよっか?」

 「っ!」


 そうですよね。本当にどうしましょうか。双子だと言う事実が発覚した以上、今まで通りの関係に戻るわけにもいかないし、かと言って突然仲良くなりすぎてもそれはそれで不自然である。正直もう振られたとかそんなことはどうでもいい。これから僕は、僕らはどうすればいいのだろうか。


 「と、とりあえずさ…星野くん。」

 「ん?」

 「お互い、下の名前で呼んでみない? …変かな?」

 「え! いやいや全然変じゃない! です!」

 「よかった…えへへ。 じゃあ、呼ぶね」

 「う、うん…!」

 「み、みつき…くん…?」

 「ッッッ!! ゲホッゲホッ」

 「だ、大丈夫!? 星野くん!」


 え????????????

 可愛すぎませんか????????????

 まさか翠川さんに名前で呼ばれる日が来ようとは。今ならもうどこへだってけそうな気がする。もはやこの人生に悔いはない。

 先程振られたことなど、この歓喜に比べれば些細なことである。もうどうだっていいわ。


 「ご、ごめんごめん。大丈夫大丈夫。」

 「そ、そう? それならいいけど…。」


 不安げにこちらの顔を覗いてくる翠川さん。いや、可愛すぎるだろ冷静に。ちなみに全然冷静ではない。


 「というか。わ、私のことも呼んで? よ、呼び捨てでいいから!」

 「わかった。じゃあ呼ぶよ…?」

 「う、うん!」

 「…さつき。」

 「ッ!?!?」

 「え、あれ? 翠川さん? おーい」


 僕が名前を呼んだ途端、翠川さんの真っ白な肌は一気に紅く染まり、驚いた表情のまま固まってしまった。

 そういえば、翠川さんが下の名前で呼ばれているところを殆ど見たことがない。少し天然で抜けているところはあるものの、生徒会役員や学級委員としてのしっかりとした一面を普段からみんな見ているので、恐らく『五月』や『五月ちゃん』などと慣れっぽく呼ぶことをまずしないのだろう。

 それできっと、呼ばれ慣れない下の名前で呼ばれることに動揺してしまったのだと思う。


 「ごめん…。やっぱ嫌だった?」

 「…え?! いやいや! 全然! …むしろ嬉しいというか」

 「え? なんて言った?」

 「…っ! なんでもない!」

 「そ、そっか」


 上手く言葉では言い表せないものの、告白する前よりも、なんとなく翠川さんと仲良くなれたような気がする。

 …いや、忘れかけていたけどまあ双子だし。仲良くならない訳にはいかないのだけれども。それでもやはり嬉しいことは嬉しくて。名前で呼ばれるのにもすぐに慣れなければな、と淡く思った。


 「あ、一応なんだけどね」

 「どうしたの?」

 「ほらここ、私の方が三分早く産まれてるみたいなの。だから私が…その…お、お姉さん、だから!」

 「わ、わかったよ。じゃあ呼び方もそういう風にした方がいいかな、例えば…五月姉さつきねえ、とか…」

 「よっ…呼ばなくていいよ!! そんな風に!!」

 「ごめんごめん、じゃあ、五月で」

 「っ…! わ、わかった、三輝くん。」


 多分そのあとは、しばらくお互いを呼び合っては赤面しながら徐々に慣らしていったと思う。

 そして分かったことはもう一つ。翠川さんが自分の姉だとしても、自分と同時に生まれた双子という存在だとしても、それでも僕は、翠川さんのことを当分は忘れられないみたいだ。


———


 「まぁ確かに、言われてみれば目元とか結構、三輝と似てるよなぁ。」

 「え、そうかな十三実いさみ。」

 「うーんたしかに。まあ三輝くんは巨乳じゃないけどね」

 「うるせえよ十一とういち。」


 この双子は今日も平常運転である。

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