第3話 主観と主観の共通理解について

 主観は外界を認識する時に必ずズレを生む。

 主観は、物自体を認識することはできない。

 これはカントが提示した明確な事実であるが、それに対して、我々の主観と主観の間で、ことばという共通理解が伝達に成功しているのはなぜかという認識論の問題があった。

 おれは、主観と主観がなぜ共通理解できるのかについて、一定の見解に達したのでそれを短い文章ながら述べる。


 主観の知性が内部で想定した外界の現象に対応する認識が、現実の外界の現象の実体と一致するか、あるいは、内包されるだけのズレしかなかった場合、主観は外界の現象を理解する。

 ヒトの知性は、外界の現象と自分の知性の内部の認識が一致するように、あるいは、認識が内包できるように試行錯誤して調整する。その結果、ヒトの主観は少しづつ外界を理解していくように発達していく。

 主観の知性の内部と、外界の現象は必ずズレを生むが、そのズレには程度があり、知性の内部の認識が外界に対応して認識するのに、主観の知性が判断と行動できるように調整された時、その主観は、外界を認識したといえるのである。

 主観と外界のズレが、判断や行動のズレより小さい時、主観の外界の認識は有効である。


 ある主観と別の主観は、両者が同じ外界についての認識を媒介として意味を伝達した時、主観の判断と行動のズレが、もうひとつの主観の判断と行動のズレと、内包できる範囲でしかズレなかった時、「主観と主観は共通理解した」といえるのである。


 いいかたを変えると、次のようにも説明できる。

 主観と外界の現象のズレの変化が、主観の認識する意味の変動の範囲内ならば、それは認識に成功したといえる。

 主観と主観の共通理解も、主観の認識する意味の変動の範囲内でしか、伝達の媒介物が変動しないのなら、共通理解できる。

 自分の認識の変動と、外界の現象の変動で、自分の認識の変動より外界の現象の変動のが小さい場合は、意味を理解できる。

 同じように、自分の認識の変動が、外界の媒介物の変動より小さく、他者の主観の認識の変動が外界の媒介物の変動より小さい場合、その二つの主観は共通理解する。


 愛とは、物自体を認識できない自我が、自我の内部に認識された外界の他者の変動より、外界の他者との媒体の変動が小さい時に、自我と他者がお互いに人生を捧げても助け合うということが、外界の媒体の変動より大きな自我の内部の変動の幅を持ってお互いに認識することである。


 フッサールは「ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学」で、物自体を認識できない人類の科学は、その根拠を何一つ想定することのできない虚構の学問と考えざるをえないと述べた。

 しかし、主観と主観の共通理解についての構造を理解した我々は、それを心配しすぎな哲学者だと指摘することができる。

 主観の内部にある外界の対応のゆらぎが、外界の物自体の認識のゆらぎより大きくゆらいでも外界を意味付けして認識できる場合、人類の諸科学は、フッサールの指摘した危機を回避することができる。

 簡単にいえば、外界の変動が、主観の内部の誤解のブレより小さければ、主観が誤解しても、外界の現象はちゃんと主観と対応できているのである。

 「おれの主観って、これくらいしか誤解していないだろう」という誤解の過小評価は、物質的な損失が出る。

 しかし、「おれの主観は、これくらい大きく誤解している可能性がある」という誤解の過大評価によって外界を認識していけば、物質的な損失は出ない。


 愛も、「あの人はこういう人に決まっている」と変動を小さく外界をとらえてしまうと、自分の認識の変動をあの人の変動が上まわって大きく変動することがあり、その時、愛は困難なことになる。

 「あの人は本当はこういう人かもしれない。いや、もっと反対に極端な人かもしれない」と大きな変動を想定して、その大きなあの人の変動を受け入れることのできる自分の認識ができれば、その上で人生をかけてお互いに支え合う覚悟ができるなら、それは愛である。


 経済の場合。

 ヒトの内部にある商品の認識の変動が、外界にある商品の変動より大きな変動をしている時、そのヒトは商品を期待通りに扱うことができる。

 ヒトの内部にある労働者の認識の変動が、外界にある労働者の変動より大きい場合、そのヒトは労働者を扱うことができる。しかし、逆に。ヒトの内部で認識している労働者の変動が、外界の労働者の変動より小さい場合、そのヒトにとって労働者は想定外の行動をとる。

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