第24話

<ミランダside>


「では、お話しを始めましょうか」


ミランダ――こと、わたくしは、パチンと両手を合わせた。


「ローズには後日改めて、私の方から説明したいと思いますが……先に皆様方へ私と兄の見解をお話しておきたいと思います。皆様、くれぐれも眠っているローズを起こさない様に、お静かにお願い致しますわね?」

私は声を潜め、シーッと人差し指を口元に当てながら、全員を順番に見てから説明を始めた。


「ローズが無意識に使っていると思われる【魅了】ですが、正確に申し上げるとそれは、私達の使う【魅了】とは種類が違うようです」

「……どう違うのかしら?」

ミレーヌ様は魔法には詳しくない。

しかし、それはこの国の大抵の者がそうである。魔法使いの秘密は魔法使いだけのものだから。


なのにもかかわらず……カージナス殿下は、心当たりのある顔をしている。

活字中毒と聞いてはいたが、殿下は魔法書にまで手を出しているのかもしれない。

膨大な魔法書に手を出していたとすれば……それは最早狂気の沙汰ではない。


殿下の事を気にしていると話が進まないので、私はミレーヌ様の方を見てニッコリと笑った。


「相手の意識を奪い、思考を混濁させて洗脳状態にします。そうすることで意のままに操る事ができる。……本来の魅了とはそういう魔法ですが、ローズが無意識に使っている魅了は、シャルル様の意思を奪いもしていないし、洗脳もしていないのですわ」

「そう。自分以外誰も見ないようにすることだってできるのに、ローズ姫はそれをしていない。あくまでもシャルル、の意志を尊重しているんだ」

説明に割り込んできたラドクリフお兄様が、『よっ!色男!』と、シャルル様を茶化した。

お兄様を一瞥したシャルル様は、何とも言えない顔を私に向けてきた。


「……馬鹿な兄でごめんなさいね」

私は苦笑いを浮かべた。


「ミランダ!?」

「本当の事でしょう?説明の邪魔は止めて下さいませ」

「分かったよ……」

私にジロリと睨まれたお兄様は、シュンと肩を落とした。


お兄様が私に気を使って、盛り上げようとしくれたのは嬉しいが……このタイミングは無い。


私は大丈夫です。だから、そのまま静かにしていて下さいな。

チラリとお兄様を見ると、目が合ったお兄様が小さく頷いた。


「……私が【魅了】と言った為に、仰々しいものだと思っていらっしゃるかもしれませんが、ローズが使っているのは、『私を好きになって欲しい』『もっと私を知って欲しい』という【恋する乙女の魔法】ですわ」

「恋する乙女の魔法……」

シャルル様が瞳を丸くした。


「そうです。乙女ならば……まあ、男性もそうでしょうけど、好きな相手に振り向いて欲しいではありませんか。『いつもより自分を魅力的に見せたい』『私だけを見て欲しい』。……そんな、可愛らしいが発動したのですわね」


「しかし……どうしてローズがそんな魔法を使えるんだい?」

「ローズはとても稀有なオーラを持っています。一番の理由は、そのせいかと思いますが……残念ながら、これ以上の詳しい事は今はまだ分かりませんの」

「稀有なオーラとは?」

私が人の放つオーラが見えるというのは、家族や邸の使用人と、以前に話したローズしか知らない。


流石の殿下もこの情報は知らなかった、か。

私は内心でほくそ笑んだ。

全てを見透かされているのは、好きではない。


「私の使える魔法の一つですわ」

私は人差し指を口元に当てた。

これ以上は『秘密』という意味合いを込めて。


殿下は興味深そうに瞳を細めたが、話すつもりはないので笑顔で誤魔化す。


そして、くるりと視線をシャルル様に向けた。


「シャルル様。ローズはとても可愛らしい女の子なだけではないかもしれません。それでもあなたはローズを選ぶのかしら?」

「勿論です。僕にはローズだけ……ローズしか要らない」

私の言葉に、シャルル様は真剣な顔で頷いた。


「ふふふっ。満点の答えですわね」

そう。二人はしっかりと両想いなのだ。

……羨ましい事に。

だからこそ、ローズの魅了はシャルル様に効いているともいえる。

好きな相手が色々な表情を自分にだけ向けてくれるなんて、とても魅力的な事でしょう?

色々と空回りをしてしまっているローズは、気付いていないけど――――。


ああ、ローズにも今の言葉を聞かせてあげたかったわね。

愛しそうにローズの頭を撫でるシャルル様の顔と一緒に。


こんなに想い合っているのなら、早く一緒にさせてあげたいのだけど……現実はそうはいかない。


今のローズは殿下の婚約者候補だから、シャルル様と結ばれる事はできないのだ。


「――失礼ですが、どうして殿下はローズを婚約者候補に挙げたのでしょうか?」

私は二人から視線を外し、カージナス殿下を見た。


殿下がローズを婚約者候補に挙げなければ、こんなややこしい事態にはなっていないのだ。


「ああ、実はそれには色々な訳があってな……」

殿下はシャルル様をチラッと見ながら苦笑した。シャルル様は苦虫を噛み潰した様な顔をしている。


……?


ふと視線を向けたお兄様も殿下と同じ顔をしていたので、お兄様も理由を知っているのだろう。


「ミランダ様。その理由は僭越ながら、私から説明申し上げますわ」

今まで殿下の横で黙っていたミレーヌ様が口を開いた。


「ローズは隣国の王子から婚約の打診を受けるところだったのです」

「……隣国?って……まさか、隣国ブラン王国の第一王子サイガ様!?」


ミレーヌ様がシーッと口元に指を当てた。


……危ない。私がローズを起こしてしまうところだった。

私は両手で口元を押さえた。


「その情報を事前に掴んだカージナス様が先手を打たれたのよ」

「……そんな……」


隣国の王子からの婚約打診を受けてしまえば無下には断る事はできない。外交問題になるからだ。

辺境伯の三男であるシャルル様には、ローズが二度と手の届かない存在になってしまう。

……殿下はそれを回避したというのか。


「ローズには内緒にして下さいね?」

ミレーヌ様は困った様な顔で首を傾げた。


……事前に掴んだという情報は、ミレーヌ様サイドからのものだろう。

彼女の家は諜報に長けているのだ。


ミレーヌ様は無邪気で純粋さを装おっているが、殿下と同じくである。

純粋なだけで王太子妃にはなれない。

ミレーヌは王太子妃の素質をきちんと持った人なのだ。


ローズは勿論、この事にも気付いてはいない。


「……分かりました」

微笑むミレーヌ様にそう頷き返しながら、私はもう一人の婚約者候補である、あの子に会いに行こうと決めた。



****


「……え?どうして私……寝て?ここ、どこ……?」


翌朝。

目覚めたローズは、不安げにキョロキョロと辺りを見渡していた。


その様子を少し離れた所で見ていた私は、ローズに知られない様にこっそりと笑った。


そろそろ起きる頃合いだと思って、モーニングティーを用意してきたのだが――予想以上に、焦っているローズが可愛くて、可愛くて……ふふっ。


彼女の持つ稀有な虹色のオーラが点滅し続けている。

因みに、『点滅』は極度の動揺の現れである。


「お、……お持ち帰りされた?……朝チュン……?」


遂に笑いを堪えきれなくなった私は、ローズに声を掛ける事にした。


「おはよう。ローズ」

「へっ?……ミランダ!?」

大きな瞳を見開き、口をパクパクと開閉しているローズは本当に可愛くて、純粋で……癒される。



――ローズには大好きな人と幸せになって欲しい。決して、失敗した私の様にはならないで……。

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