第23話 ラドクリフという男
「……なっ!?」
「失礼。つい、綺麗な姫に忠誠を誓いたくなってしまったのです」
私の手を握ったまま自分の胸元に当てさせるラドクリフ。
どこからか『クッ』という忍び笑いが聞こえたが……それは間違いなくカージナス様だろう。他人事だと思って。……腹黒王子が。
「冗談がお上手ですね。それよりもどうぞお掛けになって下さい?」
(訳:ふざけてないでさっさと座れ)
……っと、いけない。
ここにはシャルル様がいるのだから、我を失ってはいけない。
私は自分の気持ちを静める為に、にこやかに笑いながら長い息を吐いた。
*
「……」
現在、私は思わずジト目になりそうな自分の目に全力で活を入れている。
細くなっちゃ駄目。丸く……丸く…………ふうっ。
……さて。それは何故か?
「ローズ嬢。これは珍しい果物から作った果実酒なんだよ」
「ラドクリフ様!自分で飲めますよ」
「良いから、良いから」
答えは、『ラドクリフからの接触が多すぎるから』である。
隙あらば触れてくる。無理矢理お酒を飲ませてくる。
無駄に近い。等々……。
私はニッコリ笑いながらラドクリフからグラスを奪った。
お酒を飲むタイミングは自分で決める!
ラドクリフに言いたい事は沢山あるが、一番言いたいのは『やり過ぎだ!』だろうか。
傍目には口説いている様な彼の行動は全て『実験』でしかない。
シャルル様に対してだけ使っているという【魅了】が本当に起こらないのかどうかを調べる為に、必要以上に接近しているだけ。
男性免疫が少ない私にだって分かる程に、ラドクリフの目は不自然に生き生きとしている。つまり、あくまでも実験対象なのだ。……もう勘弁して欲しい。
「私が一緒にいるのに考え事かい?つれないな」
……悲しそうな表情を作っても、瞳はキラキラと輝いたままですよ?
演技が下手すぎやしませんか?そんなんじゃ流石にトキメキませんよ?
私は溜息と一緒にグラスに残っていた果実酒を飲み干した。
……この瑞々しい味わいは若い桃の味に似ている。
もっと熟した頃合いに収穫してから、漬けても良いのではないだろうか。
トロリと甘いお酒になりそうだ。
『今の状況を乗り越える為にはお酒に逃げた方が良い』
そうアドバイスしてくれる本能に従って、私は目の前のお酒を楽しむ事に決めた。
大好きなお酒の事を考えている時は幸せだから。
「ラドクリフ様。そんな事をしても多分無駄ですよ」
ちょっとうざったくなってきたラドクリフの事はこのまま無視をしても良いのだが、こんな茶番がいつまでも続けられるのには我慢ならない。
……という事で、そろそろ終わらせようと思う。
「……それはどうして?」
一瞬だけ驚いた様に瞳を丸くしたラドクリフは、直ぐに胡散臭い爽やかな笑みを浮かべた。
「えーと、そうですねぇ……。カージナス様とラドクリフ様と一緒にお酒を飲ませて頂きましたが……つまらないのですよ」
「つまらない……?」
ラドクリフの顔がヒクヒクと強張っているが、私は気にせずに続ける。
「はい。これが社交なら我慢も出来ますけど、面倒くさい……ええと、親しくない方と飲んでも正直楽しくなんてないですよね?あ、でもこの席替えは私にとって無意味だったという事が分かったのでとても良かったです!」
因みに、私は普通に酔っていると自覚している。
いつも以上にお酒飲んでいるのだから、つい口が滑ってしまう事も仕方がないよね?
だってそうさせたのはラドクリフ達だもの。
あんぐりと口を開けてといるラドクリフに向かってニッコリ微笑むと――壁際から笑い声が聞こえてきた。
……この声は、シャルル様?
笑っているのはシャルル様だけかと思いきや、実際には私を除いた全員が笑っていた。いつの間にかラドクリフまで額を押さえながら笑っているではないか。
……これは、どういう状況?
私は何か面白い事でも言った?
「ふふふっ。流石は『鈴蘭の君』。その花の如く、可憐な容姿の中に毒を隠し持っていたわね。とても素敵だわ。……さて、皆様。二回目の席替えをいたしましょう。またご協力をお願い致しますね」
広げていた扇子をパシッと一気に畳んだミランダが立ち上がったのを合図にするかの様に、皆がソファーから立ち上がった。
状況を全く飲み込めていない私だけが立ち上がれずにいる。
「え?……え?どういう……?」
私を真ん中に挟む様にして、ミレーヌとミランダが横に座った。
「大丈夫よ。話し易くする為にソファーを動かすだけだから安心して」
「ミレーヌ……」
私の右側に座ったミレーヌが優しくそっと私の手を包み込む。
「そうよ。ローズが怖がる事はしないから心配しないで」
「ミランダ……」
左側に座ったミランダが、ミレーヌと同じ様に私の手を取った。
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