第22話 席替えって何!?
私の意志は完全に無視されて突然行われた席替え。
それにより、先程まで使用していた四角の大きなテーブルが、わざわざ二人用の小さな楕円形テーブルへと交換された。
椅子は一人掛けの物から二人で座っても少し余裕のある赤い
そのテーブルセットの置かれた場所から少し離れた横の壁際には、大きめなソファーが二つと背の低い猫脚のテーブルが並んで置かれた。
……随分と大がかりな席替えですね。
私は小さな溜息を吐いた。
今の状況から察するに、この真ん中の席に私が座るのは確定だとして……ここにいる男性陣が順番に私と一緒に座るのだろう。
壁際のソファーには勿論ミランダ達が座る。
意図が見え見えの『席替え』である。
明らかに私を観察する気が満々である……。
……どうしてこうなったの。
先程までの心地好い酩酊感はとっくに覚め、冷静になりすぎて頭痛がしてきた。
「大丈夫ですか……?」
心配そうな眼差しを浮かべたシャルル様が私の顔を覗き込んでくる。
……ち、近い!
そんな風にシャルル様に近付かれたら、無意識に顔が真っ赤に染まってしまう。
うっ……。
今だったら酔ったせいだと言い訳できるかな……?
チラリと上目遣いにシャルル様を伺うと、シャルル様の瞳が細められた。
いたずらっ子のような表情に、胸がキュンと鳴った。
「……っ!」
あの夜。逃げ出した私をシャルル様は少しも責めなかった。それは助かったのだけど、嬉しいような、悲しいような複雑な気分である。
無意識に魅了を使ってしまうほどに、私はシャルル様が……好き、なのかな?
「ローズ、お待たせ。さあ、座って頂戴」
「へ?……あっ、う、うん!」
……見てはいないが、カージナス様がニヤニヤと笑っている姿が容易に想像できる。
これ以上、醜態を晒すのは癪なので冷静さを取り繕うとするのだが、その行動さえも読まれているのだと思うと、今すぐにこの場から逃げ出したくなる。
なのに……。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
シャルル様に手を引かれながら着席を促されてしまったら『嫌だと』は言えるはずもなく、私は溜息を溢しながらソファーに座った。
「……あっ」
シャルル様の手が離れた瞬間、名残惜しさのあまりに声が漏れてしまった。
予想はしていたが、始めに私の隣に座ったのは、シャルル様ではなかった。
実験の為の『席替え』なのだから、順番を考えればカージナス様が順当だろうか。
今までシャルル様の温もりを感じていた右手を自らの左手で包み込むんだ。
こうしているとまだシャルル様と繋がっているみたいで落ち着く気がしたからだ。
そうして私から離れたシャルル様は、壁際に置かれたソファーへと向かって歩いて行き、シャルル様とすれ違うようにこちらへ向かって来たカージナス様が、案の定私の隣に座った。
「さて、失礼するよ」
「……どうぞ」
にこやかに笑うカージナス様が腹立たしくて仕方がない。何でこの人と一緒に座らないといけないのか。
溜息を吐きながらシャルル様の姿を追うと、シャルル様はラドクリフの隣に腰を下ろしたところだった。
シャルル様が、ミレーヌやミランダの横に座らなかったことに安堵した。
ミレーヌ達は大好きなお友達だけど、シャルル様の横に並んでいるのを想像するだけで、胸がモヤモヤする……。
この感情がヤキモチであることは、充分に理解している。自分の心がとても狭いことも。
私が感じているのと同じ様にシャルル様も……妬いてくれたら良いのに。
そんな身勝手なことを考えながら、隣に座るカージナス様をチラリと見た。
「どうした?」
瞳を僅かに細めたカージナス様が首を傾げる。
……分かっているくせにわざとらしい。
そもそもこの人がミレーヌだけを婚約者として認定できていれば……。
「さあ、遠慮なく飲むと良いよ」
カージナス様は、深い紫色の液体の入ったグラスを私に押し付けてきた。
目の前にあるテーブルへと視線を移すと、その上には席替え前のとは違う新しい料理やデザート、お酒が並んでいた。
……飲むしかない。
私は半ば
この深く濃厚な口当たりは……アルバーナ領の赤?
「ご明察。ローズは凄いな」
「ええ。アルバーナの赤も好きですので」
「そうか、そうか」
ニヤリと笑ったカージナス様が、空になったグラスの中にワインを注いでくれる。
こんな風に気が利くカージナス様は嫌いじゃない。好きでもないけど。
「アルバーナは赤も最高だが、白もいけるんだ」
「白も……ですか?」
アルバーナ領は、赤だけしか作っていないのだと思っていた。
お酒好きな私がアルバーナの白を知らないだなんて、ショック過ぎるかもしれない。
「ああ。白は王宮にしか卸さないからな」
「何ですか!?それ……ズルい!」
勢い余って思わず立ち上がってしまった。
王族の間で独り占めだなんて……酷すぎる!
横暴だ!
「まあまあ、話はまだ続くぞ?」
そんな私を宥めながら着席させたカージナス様は、私の耳元に顔を寄せてきた。
「そんな幻の白を私と結婚すれば、飲み放題になるのだが……どうかな?」
「はあ……!?」
これ以上大きな声を出さない様に、咄嗟に口元を押さえた。
『幻の白』は、私を釣り上げるには充分過ぎる餌と言っても過言ではない。
デビュタント直後なら、釣られたかもしれない。
だけど、今はもう無理だ。
「お断り致します」
私はカージナス様から視線を逸らさずに、きっぱりと答える。
シャルル様云々の前に、カージナス様と結婚をする気には全くなれないのだ。
幻の白を飲みたくないと言えば嘘になるけど。
ごにょごにょ……。
「ふっ。ローズならそう答えると思ったが……これでまたミレーヌが寂しがるな」
カージナス様の手がポンと私の頭の上に乗った。
「……私を側室に据えようとするのを、そろそろ本気で止めませんか?」
……ラブラブなカージナス様と、ミレーヌとの間に挟まれるのは嫌である。
カージナス様がチラリと見たのはミレーヌだ。
ミレーヌは私達をニコニコと微笑まし気な表情で見ていた。
いやいや……ミレーヌさん。
もっと独占欲を出そうよ!?
私がミレーヌの立場だったら絶対に我慢出来ないよ!?
そして、カージナス様が不憫である。
よし……。この件は、私が責任をもってミレーヌを説得してあげよう。
因みに、ミランダとラドクリフもニコニコと笑っていたが……少しも目が笑っていなかった。
――今の私は、実験動物なのである。
シャルル様が一瞬だけ不機嫌に見えたけど、それは私の願望がそう見せているのかもしれない。
「さて、少し短いが……どうだろう?私の番は終わりで良いのではないかな?」
「ええ。充分ですわ。ありがとうございました。ね?お兄様」
「ああ。ご協力感謝します。殿下」
カージナス様がソファーから立ち上がると、ラドクリフが立ち上がったのが見えた。
今度は彼が隣に座るらしい。
「なかなか楽しい席替えだったぞ」
何故かポンポンと私の頭を軽く叩いてから立ち去ったカージナス様。
……カージナス様はさっきから何がしたいのだろうか
触れられるのは不愉快……とまではいかないが、多少の不快感はある。
そもそも触るのはミレーヌだけにしなさいよ!
「ローズ嬢。お邪魔するよ」
ムッとしていた私の元に、ラドクリフがやってきた。
カージナス様と話した後だからか、爽やかそうな笑顔が、更に胡散臭く見える。
ラドクリフもカージナス様も自分の感情を隠す事に長けた人物である。
多少は交流のあるカージナス様とは違い、ラドクリフとは本日が初対面だ。
……自然に警戒してしまうのは無理もない事だと思う。カージナス様の時の失敗があるから尚更……。
「どうぞお座り下さいませ」
我ながらぎこちない微笑みになってしまったと後悔するが、そうなってしまったものは仕方がない。
少しでも挽回させようと柔らかい口調を心掛ける私に悲劇(?)が訪れた――――。
「ありがとう。姫」
いつの間にかラドクリフに取られていた私の手の甲に柔らかい感触が落ちた。
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