第21話 実験開始
芳醇な葡萄のコクと酸味が見事に調和した、とても質の良いスパークリングワインの味がした。
スッキリとした飲み口で、一気にグラスの中身を飲み干してしまった。
ポーッと熱く火照る頬。
ふわふわとした心地の良い酩酊感から、自分が酔い始めた事が分かる。
もっと飲みたいな……。
思わずペロリと唇を舐めると、隣から『ふふっ』という笑い声が聞こえた。
「……ミランダ?何?」
私は首を傾げながら彼女を見たが、
「なるほどね」
ミランダは意味深な笑みを浮かべるだけで、何も教えてはくれない。
「ローズ姫はいける口だね。次はこれを飲んでみないかい?」
何も教えてくれないミランダの代わりに……ではないだろうが、ラドクリフが私に向かって新しい種類のワインのボトルを掲げた。
「はい。頂きます」
首を傾げながら頷くと、側に控えていた給仕の女性達が新しいグラスに交換してくれた。
ラドクリフが手ずから
「これはまた違う味わいで美味しいはずだよ」
口が狭く少し高さのあるワイングラスを手渡された。
ピンク色がとても可愛いワインである。
ロゼか……。
んっ……!
「甘い……」
「アルコールが低いからね。でも、甘くてもしつこくなくて美味しいだろう?」
私は何度も頷きながら、グラスに半分程入っていたロゼを一気に飲み切ってしまった。
ふふっ。お酒が美味しくて幸せだ……。
私はトロントとした瞳をユラユラとさ迷わせた。
「ローズ嬢、乳製品も一緒に取らないと胃を壊してしまいますよ?」
シャルル様がそっとチーズの盛り合わせの乗っているお皿を私に差し出してくれる。
シャルル様が私を気遣ってくれる事が、純粋に嬉しい。
……なので、調子に乗ってみる。
「シャルル様、食べさせて下さいませ」
あーんと、口を開けてみた。
瞳を見開いて固まるシャルル様。
……こんな事を言われても困るよね。
自分で言った事だが、私は内心で苦笑いを浮かべた。
『冗談ですよ?』と、言おうとした瞬間に少し頬を赤らめたシャルル様が、私に向かって小さな三角形に切られた、チーズを差し出して来た。
「……口をもう少し開けて下さい」
……っ!
私は息を飲んだ。
まさか本当にやってくれるだなんて思ってもみなかった。
「ローズ嬢……?」
「は、はい……!」
シャルル様に促される様に口を大きく開いた私は、今更ながらに自分の発言を公開した。
……何で、私はいつも要らない事を言ってしまうのだろうか。
お酒の勢いの恐ろしさ……って、お酒のせいにしちゃダメなんだけどね。
迂闊な自分を恨みながら、チーズを咀嚼した。
シャルル様から『あーん』なんてされたら、もう……チーズの味なんて分からない。
真っ赤になりながら、チーズの入った口元を必死で動かした。
ああ……こんな時にお酒がない!!
と思いきや……シャルル様かお酒を注いでくれた。私はそれを慌てて飲み込んだ。
「ミランダ。どうだい?」
「ええ。黒ですわね」
「やっぱりこれはそうなのか」
「私の見解では間違いないかと」
ラドクリフとミランダが話している。
……黒?何の話だろう。
キョロキョロと周りを見渡しても、話題に上る様な黒色の物などは特にない。
「ふふっ。やっぱりローズは可愛いわね」
「こういうのを『天然』と巷では呼ぶのだったかな?」
「……そうらしいですね」
……ミレーヌやカージナス様、シャルル様には、何やら生暖かい眼差しを向けられている気がする……。何故だ。
「お兄様……こんな趣向はどうでしよう?」
「ああ。それは良いね!だったら……こうした方が面白い」
「まあ……!それはよろしいですわね!」
軽く放置している間にバン家の二人組が、瞳をキラキラと輝かせながら、興奮した様に勢い良く会話をしている。
……あれ?なんかすごく嫌な予感がする。
「カージナス様、ミレーヌ様、シャルル様。私達とても良い事を思い付きましたの。ご協力下さいませ」
両手を胸の前で合わせながら、ニッコリ微笑むミランダ。
「ああ。構わないが、私達は何をすれば良いんだ?」
「難しい事ではありませんわ。ただ、席替えをするだけですの」
「なるほどな……」
カージナス様は、この僅かな会話だけでミランダの意図を読んだのか……はたまた単に面白いと思ったのか……楽しそうな色を含んだ瞳をニッと細めた。
「ミレーヌとシャルルも構わないな?」
「ええ。私は構いませんわ」
カージナス様の発言に、ミレーヌは微笑みながら頷き……
「……分かりました」
シャルル様は、困った様な顔で頷いた。
「ええと……因みに、私への確認は……?」
「ないわ」
「必要ないな」
ミランダとカージナス様に即答された。
『必要ない』ってどういう事?!
何?私だけ仲間外れなの……?!
「さあ、男性の皆様。少しだけお手をお貸し下さいませ」
扇を片手に、スッと立ち上がったミランダを合図にカージナス様とシャルル様、ラドクリフも立ち上がった。
「え?……あ、あの、ミレーヌ?」
「大丈夫よ。皆さんにお任せしましょう」
オロオロと困惑している私を余所に、事態は新たな展開へと動き出した…………(?)
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