第25話 アイリス様の夢

「私の夢はハーレムを作ることですの!!」

大きな緑色の瞳をキラキラと輝かせながら、アイリス様はそう言い放った。


……ぅええ!!??


…………危ない、危ない。

衝撃的な発言すぎて、飲みかけの紅茶を吹き出すところだった。

危うく大惨事☆……って、違う。

落ち着きなさい、私。


ええ……?

アイリス様ってこんなキャラだったっけ?


助けを求める様に、横に座るミランダをチラリと見ると――ミランダは、アイリス様の発言を気にした様子もなく、静かに紅茶を飲んでいる。


ミランダとアイリス様は幼なじみだと言っていたので、アイリス様のこの手の発言は、恐らく聞き慣れているのだろう。


三番目の婚約者候補である緑色の瞳の綺麗な、小さく可憐なマスール侯爵令嬢のアイリス様は、ちょっと変わった令嬢だった。


どうして、私とミランダがアイリス様と一緒にいるのかは――三日前に遡る。


『実験』と称し、お酒を沢山飲まされ、何度かの席替えをしている内に……気付けば翌日だったという、あの日の朝のこと。



**


ふと目覚めた私は、見慣れない天井やベッドと、完全に不透明な記憶。

そして――『チュンチュン』と朝に鳴く鳥の声に、とてつもない程の衝撃を受けていた。


「お、……お持ち帰りされた?……朝チュン……?」

やってしまったーー!!

一度ならず、二度目の朝チュンとは……!

こ、今回は誰の邸!?


未婚の令嬢が酔い潰れて、他邸にお世話になっただなんて(二度目)――醜聞でしかない。社交界を揺るがす大問題になりかねない。

しかも、今の私はカージナス様の婚約者候補なのだ。

もし、この醜聞が外部に漏れたりでもしたらカージナス様や王室だけでなく、私への影響も計り知れない――――!!


……と、軽くパニックに陥ったところで、ティーセットの載ったトレーを持ったミランダが目の前に現れた。


「おはよう。ローズ」

「へっ?……ミランダ!?」


ど、ど、どうしてミランダが!?

色々と質問したいのに、頭が真っ白になってしまい、言葉が出てこない。

しかし、笑いを堪える様な顔をしているミランダを見ていたら、段々と冷静になってきた。


……これは、始めから見られていたな?

もう色々と複雑な気分だが、ミランダがここに現れたという事は、酔い潰れた私はミランダの邸にお世話になったのだろう。


未だにベッドの上の私にモーニングティーを勧めたミランダは、自らの分のカップを手にしながらベッドに腰を下ろし、私の記憶の無い部分の説明をしてくれた。


「――まあ、簡単に説明するとこんなところかしら」

「…………」

「……大丈夫?」

「ぜ、全然、大丈夫じゃない!!」

何だその数々の醜態は!!


ふおぉおお!!

酔った勢いって本当に怖い……。

公開告白で公開処刑…………くっ。

くくっ……くっ。


「いっそのこと全てを闇に葬ってやろうか」

(……過ぎたことは全部忘れよう)

ニッコリ笑うと、ミランダにジト目を向けられた。


「心の声と建前が逆になっているわよ?」


……あれ?


「私とお兄様はまだしも……殿下やシャルル様達も消すつもり?」


カージナス様はともかく、シャルル様やミレーヌは消せない……!!

勿論、ミランダ達も消すつもりはない!


「そ、そんなことシナイヨ?」

ここは笑って誤魔化そう!

アハハっと無理矢理に笑うと、私の頭の上にポンとミランダの手が乗った。


「安心しなさい。昨日の事は私とミレーヌ様で殿下達にをしたから、どこからも漏れないわ」

そのまま優しく頭を撫でてくれる。


み、ミランダ男前……!イケメン!!


「……公開告白は?」

「残念ながら、それは無かった事にはならないわね」

……そうですよね。うん。それは分かってた。


「ねえ……ローズ。あなた、本当は気付いているわよね?」

「……何の事?」

私はキョトンとしながら首を傾げた。


「……まあ、良いわ」

ミランダは私を暫く見つめた後に、大きな溜め息を吐いた。


「三日後。予定を空けておいてちょうだい。あなたに会わせたい人がいるの」

「私に?」

「ええ。私の幼なじみなの」


私にミランダの幼なじみを紹介する理由が分からなかったが……

「うん。分かった」

特に用事も入っていないので了承する。

どんな人に会えるのか楽しみだ。


「それと……ミレーヌ様には気を付けた方が良いわよ」

「ミレーヌ?」

気を付けるのだろうか?


……安全を守れって事?

それなら分かる。ミレーヌは純粋で放っておけない程に可愛い人だからね。


「んー、今は分からなくても良いわ。ただ心に留め置いて」

「……?うん。分かった」

ミランダがこんな事を言う理由が分からなかったが……私は素直に頷いた。



**


――そうして、冒頭に戻る。


どんな人に会えるか楽しみだとは思ったけど……。

その人物がアイリス様だとは思わなかった。

いや……事前に調べていたら、ミランダとアイリス様が幼なじみなのは分かっていたはずなので、これは私のただの調査不足である。


「カージナス殿下は本当に素敵よね!ローズ・ステファニー様……ううん、ローズと呼ばせて頂くわ!ねえ、ローズ!あなたもそう思わなくて!?」


……随分とぐいぐいくる子だな。

でも、不思議と嫌悪感はない。


「……ええと、まあ……素敵ですよね(好みではないけど)」

「でしょう!?ミラは全然分かってくれないのよ!」

アイリス様はプウッと頬を膨らませた。

その表情が小動物の様でとても可愛らしい。


「私だって素敵だと思っているわよ?」

「ミラはカージナス殿下の『オーラ』が、でしょう!?私にはオーラは見えないし、私が言いたいのはそういう意味じゃないの!」

ソファーから立ち上がったアイリス様は、バンッと目の前のテーブルを両手で叩いた。


「あの麗しく均整の整った格好良いお顔……。そう、お顔なのよ!!」

アイリス様はうっとりとした表情で天を仰ぎ始めた。


……あれ?


「ああ、カージナス殿下と結婚したいわー!そうしたら、あのお綺麗なお顔を毎日飽きるほど観賞できるのよ!?こんなに幸せな事はないわ!!」

「……そんなにカージナス様のお顔がお好きなのに、ハーレムが作りたいのですか?」

「だからよ!」


アイリス様はテーブルを挟んだ状態で、ズイッと私の方に身を乗り出してきた。


……ええと、ちょっと意味が分からない。


「……落ち着きなさい」

ミランダは溜め息を吐きながら、アイリス様の顔を押しやった。


「あーん、もう!ミラ酷いわ!」

ソファーに座り直したアイリス様は、また額を押さえながら頬を膨らませた。


そして……

「カージナス殿下のお顔が凄く好みで素敵だから結婚したい。でも、一番大好きな訳じゃないの。だって、この世の中には他にも素敵なお顔を持った方がいっぱいいるじゃない?選びきれないわ」

アイリス様は緑色の大きな瞳を細めて微笑みながら、首を傾げた。


「……この子は極度の面食いなの」

ミランダは苦笑いを浮かべながら、私を労るかの様にポンと肩を叩いたのだった。

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