第19話 ミレーヌとミランダ

「本題の前に、一つだけ聞いても良い?」

「なあに?」

「……ミランダは、ミレーヌと仲が良いの?」

「そうね。悪くはないと思うわ」


一瞬だけキョトンしながら瞳瞬かせたミランダは、直ぐにニッコリと微笑んだ。


「……友達ではないの?」

「ええ、ミレーヌ様はお友達ではないわね。どうして、そんな事を聞くのかしら?」

「ええと……素朴な疑問?」


何と言えば良いか分からずに、曖昧な返事をしてしまった。


ミレーヌには友達がいない。

カージナス様もミレーヌ本人もそう言っていた。


友達じゃないと言うのならば、直ぐに来訪の約束を取り付けられる様な、ミレーヌとミランダの関係は何なのかな?と、ふと思ったのだ。


「んー、そうね。ミレーヌ様と私は、協力関係と言ったところかしら」

「……協力関係」

「そう。お互いの利害が一致しているね」


『協力者』――ならば、友達の枠には入らない。

まあ、この関係もきっとカージナス様は把握しているのだろうけど。


「ミランダとミレーヌの利害って何?」

「ふふっ」

……笑って、誤魔化された。


アイリス様の一件は、食い下がれば教えてくれそうだが、……何となく、この件に深入りしてはいけない気がした。


天然純粋培養のミレーヌの裏の顔なんて知ろうものなら、暫く立ち直れなくなるかもしれないので、二人の関係にはそっと蓋をすることにした。


――そして、漸く本題へ。


「相談というか……、悩みというか。……ある人の前だと失敗しちゃうの」

色々やらかしているだけに言い辛い。


しかも、昨日もやらかしたばかりなので尚更だ。


「もう少し詳しく教えてくれないかしら?」


ぐっ……。そうですよね……。

諦めて……覚悟を決めた私は、お酒の席でやらかした今までの数々の話をミランダに説明したのだった。


****


「……なるほど」


茶化すこともなく、ミランダは思いの外、真剣に話を聞いてくれた。

正直に言えば……拍子抜けしてしまった。

そして、普通に話を聞いてくれて、嬉しかった。


……カージナス様なら絶対に爆笑しているから。


「家では記憶をなくしたりしないし、私はお酒に弱くないはずなのよ」


ワインの瓶を一人で開けても、足元も記憶もバッチリである。


「そうねぇ……その現場をしっかり見ていた訳じゃないから、断定はまだ出来ないけど……ミレーヌ様が、家に寄越した理由が分かった気がするわ」

「そうなの?」

「ええ。これは私の得意分野だもの」


……ミランダの得意分野って、オーラ鑑定?


「オーラとは違うわよ」


ミランダは、私の思考を読んだかの様にニッコリと笑うが、何故分かったのだろう。

ミランダ……怖い。ガクガクブルブル。


「ローズは分かりやすいだけよ」とのことである。


「もう忘れてしまったの?バン侯爵家は魔法使いの家なのよ」

「覚えているわ。でも……その魔法使いであることと、どんな関係あるの?」


忘れている訳ではないが、【魔法使い】のことをよく知らない私には、イマイチピンときてないだけだ。


「私なりの推察を述べるとすると、ローズは【魅了】を使っている可能性があるわ」

「…………魅了って、……魔法じゃないの?」

「そうよ。魔法ね」

「『魔法ね』……って、私の家は魔法使いの血族じゃないのよ?」


お父様からやお母様からもそんな話は聞いた事がない。血族でもない私に、魔法なんか使えるはずないのに。


「ステファニー侯爵家と、ローズのお母様のご実家であるセイロン伯爵家にも、魔法使いの血が混じったなんて聞いたことはないわ」

「それじゃあ……」

「でもね、伝えられていることが、全て真実だとは限らないわ」

「それって、まさか過去のどこかで、魔法使いの血が混じった可能性が、あるかもしれないということ?」

「そうね。その場合だとローズは【先祖返り】したことになるかしら。現当主夫妻には魔法使いの素質は見受けられないしね」 


ミランダは真面目な顔で頷いた。


「もしくは、ローズの持つ虹色のオーラが、何らかの影響を及ぼしている可能性もあるわ」

「……虹色のオーラ」

「ローズは、希有なオーラの持ち主だから、普通の人とは違うのかもしれないし」


今の話の流れだと、転生者のチート感が漂ってくるが……

「私には魔法は使えないのよ?」


そう。私は魔法を使えない。

実は、記憶が戻った時に試してみたのだ。


『ファイヤー』や『アイス』等、思い付く限りの魔法を唱えてみたが、何も起こらなかった。


「魔法使いにも属性があるし、発動条件や使える魔法が限られているの場合があるわ。例えば、ローズの場合には……『お酒を飲む』や『好きな相手が側にいる』なんか、ね。そうすれば辻褄は合うわ」


ミランダが言った二つの条件が当てはまるとしたら……私は、もうシャルル様の前ではお酒が飲めないどころか、既にやらかしたあとの私は、もう二度とシャルル様に会わす顔がない。


無意識だとしても【魅了】なんかを、シャルル様にかけようとしていただなんて。


「んー、もっと詳しく知りたいわね。オルフォード様との食事をセッティングしましょう」


ミランダは好奇心いっぱいの瞳をキラキラ光らせながらそう言った。


「……ミランダ。私、話の中でシャルル様の名前出した?」


流石に、シャルル様の名前は言えずに『ある男性』と伏せてたはずだ。


「あっ……。やっちゃった」


ミランダはバツが悪そうな顔をしながら笑った。

テヘペロというヤツである。……可愛いけど。


「ごめんなさいね?実は、ミレーヌ様から軽く事情を聞いていたのよ」

「ミレーヌが……」


ミレーヌなら仕方ない。

こうやってミランダと話す機会を作ってくれたのは、他ならなぬ彼女なのだから。


「それよりも!私がセッティングするから実験しましょう!!」

「それはシャルル様の迷惑になるわ!」

「大丈夫!!私に任せて!?」

「聞いて!?……私はもう、シャルル様には会わす顔がないの」

「心配しないで!!悪い様にはしないわ!!」

「ミランダ!お願いだから聞いて!?」

「任せて!!」


こうして押しの強いミランダによって、押し切られる様に話が進んだ。

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