第18話 オーラは嘘をつかない
紅茶を吹き出さなかった自分を心から褒めてあげたい。
『ローズ様は稀有なオーラをお持ちでいらっしゃるのよ!まるで転生者の様だわ!!』――と、ミランダ様はそう言った。
私は動揺を表に出さない様に、必死に表情を取り繕った。内心で酷く焦っている私を余所に、ミランダ様の瞳はランランと楽しそうに輝いている。
……どうしよう。
どこまで見透かされているのかは分からないが、余計な事は絶対に言えない。
しかし、何も質問しないというのも、ミランダ様の言葉を聞いた側の反応としてはおかしいかもしれない。
「……転生者の様な、オーラですか?」
私は微笑みながら首を傾げた。
「ええ、そうですわ。ローズ様のオーラは、貴重な虹色をされているのです」
「ええと……虹色だと転生者?……になるのですか?」
「虹色のオーラを持つ転生者の方に、私は直接はお会いしたことはありませんが、我が家にはそう言った文献が数多く残されているんですのよ!」
キラキラと瞳を輝かせたミランダ様は、私の瞳を覗き込みながら、ズイッとこちらに身を乗り出して来る。
「ローズ様。ずばりお聞きしますが……あなたは転生者ですか?」
はい。私は転生者です。
――なんて、口が裂けても言えるはずがないでしょう!?
直球な質問にもほどがある。
どうしてオーラなんて見えるの!?
バン侯爵家……怖い。ミランダ様……怖い。
「……ミランダ様には申し訳ないのですが、私にはローズ・ステファニーとしての記憶しかありませんわ」
私は眉を寄せながら困ったように笑うと、ミランダ様はソファーに深く座り直しながら肩を落とした。
「……そうですか」
「……そんなに転生者の方とお会いしたいのですか?」
墓穴を掘りたくないので、この話題からさっさと離脱したいと思っていたのに、ミランダ様が想像以上にガッカリしているので、思わず質問をしてしまった。
「……ええ。私の夢ですの。ココではない世界で生きた方が……どの様な生活をしていたのか。……私はそのことに、とても興味があるのですわ」
ミランダ様のこの感情は探求者としての、純粋な好奇心であった。
魔法使いでもある彼女になら、私の前世の話をしても良いのかもしれないが、今の私達の関係はそんなに深くない。
ミランダ様を信用して話すことは出来ないのだ。
「でも!私はまだ諦めないわ!!」
沈んでいた焦げ茶色の瞳が、またキラキラと輝き出す。
「ローズ様は自分が転生者だという事を、まだ思い出していないだけかもしれないもの!!ですので、もし何かを思い出したら、何でも構いませんので、是非とも私に教えて下さいませ!!」
そう言ってミランダ様は、また身を乗り出して来た。
……ガッツのある人だな。
「分かりました。その時はミランダ様にお話させて頂きますね」
私は苦笑いを浮かべた。
「本当ですの!?約束ですわよ!?」
ミランダ様は天を仰ぎながら合掌した。涙を流しそうな勢いである。
……この世界では珍しい分類の方だ。
ミレーヌとはまた違うギャップ属性がある。
まだ少ししか話していないけれど、私はミランダ様が嫌いじゃない。寧ろ好きだと感じた。
……本当の事を話す機会がいつか来れば良いなと、素直にそう思った。
「お嬢様。ローズ様はお客様でございますよ。不躾な行動はお控えくださいませ」
「嬉しかったのだから仕方がないじゃない」
ミランダ様の奇行をやんわりと窘めるセバスさんと頬を膨らませるミランダ様。
そんな二人のやり取りを見ていた私は、気付けばクスクスと笑ってしまっていた。
「ローズ様?」
「……ごめんなさい。まるで我が家の様だと思ったの」
だから、先ずはミランダ様の人となりを知りたいと思った。
「ミランダ様。よろしければ私とお友達になって下さいませんか?」
私はそう言って微笑みながら右手を差し出した。
キョトンと驚いた様に瞳を丸くするミランダとセバスさんに、また笑いがこみ上げてきたが、ここは我慢する。
すると、ミランダ様が私の方を上目遣いに見ながら、躊躇いがちに自らの手を差し出してきた。
「……よろしくお願いいたしますわ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
私達は手を握りながら微笑み合った。
****
「ローズもカージナス殿下と本気で婚約する気は無かったのね」
「勿論よ。……ということは、ミランダもなのね」
「勿論。『絶対王子論』は止めて欲しいわ。今時、時代錯誤も良いところよ」
「『絶対王子論』分かるわ」
「でしょ?身の丈にあった結婚が一番よ」
ミレーヌの時と同様に、ミランダ様……もとい『ミランダ』とは、あっという間に仲良くなった。
何というか……ミランダと私は、本質的なものが似ていたのだ。ミランダも私も夢中になると周りが見えなくなるというその一点が。
執事のセバスさんがいなくなった室内では、婚約者候補同士のぶっちゃけトークが始まっていた。
「ねえ、ミランダは、どうしてカージナス様が駄目なの?」
「駄目って、いうわけじゃないわ。殿下の持つ王者のオーラと私のオーラが混じったら、どんな子供が生まれてくるか興味があるわ」
「子供!?」
「ええ、そうよ。でもそれだけなのよね」
驚く私に構わず、ミランダは淡々と言う。
因みに、カージナス様のオーラは燃える様な真っ赤なオーラで、ミランダは緑なのだそうだ。
「でも、ミランダは、デビュタントの時にあの行列に並んだのでしょう?」
それは好意があったからじゃないの?
でなければあんなに長い行列に並ぼうだなんて思わないはずだ。
「並んだわよ。殿下のオーラを間近で見られる貴重なチャンスだもの。それ以上もそれ以外もないわ」
「なるほど……」
オーラの為なら……という事か。
やっぱりミランダは、他の令嬢とは一味も二味も違う。
「私は始めの方に並べたから、殿下と無事に踊ることができたのだけど、面白かったわよー」
「……面白かった?」
「そう。殿下ったら、面白い位にミレーヌ様の事しか考えていないのよ。ミレーヌ様が視界に入るとオーラにピンク色が混じるし、他の男性がミレーヌ様に近付くとオーラに黒が混じるし。そんな意中の相手がいる人に、手を出そうなんて思わないわよ」
ランダは苦笑いを浮かべながら紅茶を飲み、肩を竦めた。
「もしも、ローズが殿下と婚約したがっているなら止めようかとも思ったけど……。あなたには他に気になる人がいるみたいだしね?」
「なっ……○✕△□!?」
「そんなのが分かるのか、って?勿論、分かるわよ。オーラは嘘をつかないもの」
物凄い
前世でもそんなことを言う占い師がいたが、胡散臭さが半端なかったのに、ミランダが言うと胡散臭く聞こえないから不思議である。
「殿下には一年だなんて猶予を待たずに、さっさとミレーヌ様と婚約して欲しいわ。始めからミレーヌ様しか選ぶ気がないのだもの。時間の無駄だわ」
「それには私も同感よ。……そういえば、もう一人の婚約者候補のアイリス・マスール様はどう思っているのかしら?」
緑色の瞳が綺麗な、小さくて可憐なマスール侯爵令嬢のアイリス様、彼の人は。
「あー……アイリスね」
「『アイリス』?」
「私とあの子はちょっと腐れ縁でね。そうね、アイリスはカージナス様と結婚したがっていたわ」
友達とか幼馴染ではなく腐れ縁。
ただことではない気もするが、取り敢えずそこには触れずにおく。
「普通はそうよね」
『絶対王子論』は止めて欲しいわ。とか、時代錯誤も良いところ。――と、思っている私達の方が少数派なのだ。
ミランダが傍観者になっていたから、アイリス様もそうだと勝手に勘違いしていた。
今までずっと、私が悪役令嬢なのかと思っていたけど……まさかのアイリス様が悪役令嬢!?
「純粋な恋愛感情から婚約者になりたいって、わけではないことだけ断言は、できるけど……」
「……どういう意味?」
「んー……まあ、その内に分かるわ」
苦虫を噛み潰したような顔をしたミランダは、それ以上の詳しい事を教えてくれそうになかった。
家の為に結婚したいとか、そういう意味だろうか?
それならそれで、ハッキリ言えそうなものだろうけど。
首を傾げて考え込んでいる私を苦笑いしながら見ていたミランダは、私の眉間を人差し指でちょんと突ついた。
「ねえ、アイリスなんかのことよりも、ローズは解決したいことがあるんじゃなかったの?」
「……あっ」
ミランダのキャラが濃すぎて、すっかり忘れていた。
私がここに来た本来の目的を……。
「じゃあ、本題に入りましょうか」
ミランダの好奇心いっぱいな焦げ茶色の瞳が、楽しげに細められた。
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