第17話 彼女は魔法使い
【ミランダ・バン】
焦げ茶色の瞳にブルネットの髪。
日本人には馴染み深い色彩を持つ彼女は、『マイプリ』の中で、特に目立つ
――というのも、ローズやミレーヌが特徴的過ぎるのが原因だ。
ミランダも普通に綺麗で可愛いのに、埋没してしまった感が否めない。
ゲームの中でのミランダの役割は、『ヒロイン』か『悪役令嬢』、『傍観者』という三択で、これは三番目の候補のアイリーンと同じなのだが……ミランダのルートには、前世の私が大好きだったメルロー国第三王子【ルカ】が登場する。
年上のミランダが、年下のルカに翻弄される姿にはキュンキュンさせられた。
ミランダのルートは、ルカに会うためにプレイしていたと言っても過言ではないので、ほぼほぼプレイしていない。
ローズ好きの私は、ローズとルカのハッピーエンドが見たくて、見たくて堪らずに、ローズからルカへ繋がるシークレットルートがないかを隅から隅まで探し尽くすことに、尽力していたからだ。
……そもそもローズとルカが結ばれる道は無かったというのに。
埋没キャラになってしまったミランダが、ヒロインの一人に選ばれた理由が、当時の私には分からなかった。
しかも『ミレーヌ』と『ミランダ』って、名前だけ見たらどっちがどっちか間違えてしまいそうだ。
この世界においてのミランダ嬢との関係は、挨拶程度しかなく、まともに会話をしたことなんて一度もない。
それなのに、強制的にミランダ嬢宅へ向かわされている最中だったりする。
純粋培養天然令嬢かと思いきや、意外にも行動派のミレーヌによって、だ。
いや、ミレーヌは初めから行動力のある人だった……。
私は盛大な溜息を吐いた。
幸いこの場には私一人しかいない。
……それにしても。
ミランダが【魔法使い】だったなんて驚いた。
魔法使いを使うには『血』がとても重要なのだ。
血と言っても、魔法を使う代償として血を流す……なんて、生臭い話ではなく、血統としての血である。
故に、誰もが魔法を使えるわけではなく、魔法を使いたくば、彼等の血族として生まれなければならない。――それがこの世界の
遺伝によって魔法を継承しているために、その家系に生まれただけで、誰に何も教わらずとも魔法が使えるという。
私の知っている魔法使いの家系と言えば、歴代の宰相を務めるディオング伯爵家ぐらいだったが……バン侯爵家も魔法使いの系譜だったとは。
しかし、ミランダ嬢が魔法使いなのであれば、婚約者候補に選ばれたのも、ゲームの中でヒロインであった意味も分かる。
バン侯爵家の秘密を知る者達が、希少な魔法使いの血を王族の中に引き入れたいと考えるは当たり前のことだろう。
魔法使いは、有事の際にとても使えるとして。
――それはそれとして、どうして私はミレーヌにミランダ嬢と会うことを勧められたのだろうか。
王太子妃教育をされているような、令嬢の考えは分からない。
――ガタン。
馬車が止まった。
色々と考え事をしている間に、目的地に到着したらしい。
王宮の馬車を使ったとはいえ、ここまでの道すがらはとても快適だった。
お気に入りのクッションがあっても、少しも腰が痛くならなかったのが不思議だった。
――後日談になるが、土魔法が得意だったバン侯爵家の魔法使いの手によって、道が舗装されていたからこそ快適だったのだと知ることになる。
ミレーヌは訪問に対しての先触れを出してくれたらしいのだが、正直今後の展開が全く読めない。
……さて。鬼が出るか、蛇が出るか。
私はドキドキしながら馬車から降りたのであった。
****
バン侯爵家の老齢の執事に案内された客室で、私ははしたないとは思いつつ、好奇心が抑え切れずに、キョロキョロと室内を見渡していた。
魔法使いの邸だというから、どんなものなのかとドキドキしていたが、ステファニー邸と殆ど変わらないことに、内心で拍子抜けしてしまったのは秘密だ。
シンプルながら、高級感と年代を感じさせられる家具は、とてもセンスが良く、奇抜な物は何一つ置かれていない。
貴族の中には、趣味の悪いゴテゴテとした金色の像等を飾っている邸や、無駄にお金をかけたであろう肖像画を飾っている邸もある。
……あれは正直ちょっといただけない。
バン侯爵家の安心感のある落ち着いた客室には、とても好感が持てた。
コンコン。
客室の扉がノックされると、私を案内してくれた執事を伴って、ミランダ嬢が入室してきた。
「お待たせいたしました。ようこそ我が邸へ」
ミランダ嬢はそう言うと、カーテシーをしながら微笑んだ。
「突然の訪問をお許し下さい」
私も立ち上がり、同じ様にカーテシーを返す。
「お気になさらずに。
「私と……でしょうか?」
「ええ。あなたはとても興味深い方のようですから」
意味ありげな焦げ茶色の瞳が、ジーッと私を見つめてくる。
「あ、立ち話もなんですわね。どうぞ、お座り下さいませ」
「はい。失礼いたします」
ミランダ嬢に促されるままにソファーに腰を下ろしたが…………そわそわして落ち着かない。
何故ならば、ミランダ様に見つめられ続けているからだ。私の内面を全て見透かすような、その瞳が少し怖いと感じた。
笑顔が引きつりそうになる。
こうして見られていると、何を話して良いかも分からなくなる。
どうしよう……。
「お嬢様。ステファニー様が困っていらっしゃいますよ」
「ふふっ。私の悪い癖が出たわね。ありがとう。セバス」
困っていた私を助けてくれたのは、ミランダ様に『セバス』と呼ばれた執事だった。
セバスさんは、温かい紅茶を私とミランダ様の前に置きながら優しく微笑んでくれた。
「ステファニー様。大変申し訳ございません。ミランダお嬢様は、人前でも構わずに
「仕方がないじゃない。
セバスさんに向かってミランダ様は頬を膨らませた。
……ミランダ様は、私が思っていたよりも気さくな方らしい。でなければ、使用人とこんなに仲良さそうに話したりはできないから。
まるで年の離れた親子の様なやりとりをするミランダ様達のお陰で、私の緊張が少し解れた。
私は紅茶の入ったカップを手に取り、微笑ましい気持ちで二人を見ていた。
「ローズ様は稀有なオーラをお持ちでいらっしゃるのよ!まるで転生者の様だわ!!」
――ミランダ様がそんなことを言い出だすまで。
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