第16話 夢が覚めた
頬に当たる熱と、全身を包み込むような力強い温もり。
ふと目を開けると――目の前には、私の顔を覗き込むようにしている、シャルル様の綺麗な顔があった。
……え?
私と視線が合ったシャルル様は、とても残念そう、悲しそうな顔をして、瞳を細めた。
「これは……夢ですか?」
「いいえ。残念ながら、現実です」
……現実。
咄嗟に起き上がろうとすると、バランスが崩れ、元に、いた場所に戻った。
……そう、シャルル様の腕の中に。
驚くべきことに、私はシャルル様に横抱きにされた状態で眠ってしまっていたようだった。
……どうして?
思い出せる限りの記憶を辿ると――頭の中に、噴水のある中庭が浮かんだ。
そうだ。
カージナス様に外でと言って来いと言われて、私はシャルル様と外に出たんだ。
それじゃあ、あれは…………夢じゃなかった、ってこと?
「そんなに長くは眠ってなかったですよ。では、部屋まで送りますね」
「…………さい」
「え?」
「…………ごめんなさい!!」
シャルル様の膝の上から、どうにか降りた私は、そのまま逃げた。
**
……逃げた。逃げてしまった。
ゲストルームの鍵を後ろ手で締めた私は、そのほぼ中央に置かれた大きめなベッドに飛び込んで、ふわふわの枕に顔を埋めた。
やらかした。またやらかして、しまった。
……どうして私は、いつもこうなんだろうか。
その全てが恥ずかしくて、恥ずかしくて……私は思い切り泣いた。
泣き疲れたら眠れるかと思いきや、気付いたら朝になっていた。
今日もミレーヌの代理としてカージナス様のに付き添う必要があるというのに、私の顔や瞼は悲惨なほどにパンパンに浮腫んでいた。
顔だけが取り柄のローズの顔がとても酷いことになっている。このままお化け屋敷のキャストになれてしまいそうだ。
こんな酷い顔では、誰にも会いたくない――というより、とても会える状況ではない。
カージナス様の公務に支障をきたしてしまう。
自分の邸であれば、専属侍女のエルザが何とかしてくれただろうが、ここには頼みのエルザはいない。
エルザではない侍女に酷いを晒すのも流石に抵抗がある。
今の私は、ミレーヌの代理としても失格だし、シャルル様に合わせる顔もない。
……今度こそ本当に呆れられただろうな……。
自嘲気味に微笑んだその時。
トントン。
誰かに私の居るゲストルームのドアをノックされた。
一瞬だけ、シャルル様だったらどうしようと身構えたが……
「入るわよ」
そう言って、私の返事も待たずにゲストルームの中に入ってきたのは、なんとミレーヌだった。
「ミ……レーヌ?」
ミレーヌが視察に来れなというから、私が代理を頼まれたはずなのに、何故その本人がここにいるのだろうか?
私はゲストルームの中に入って来たミレーヌの顔を呆然としながら見上げた。
「……想像以上に酷い顔ね」
ミレーヌは眉間にシワを寄せ、困った様な顔で笑っている。
これは……夢?
「夢じゃないわよ」
「わっ……!」
無意識に頬をつねりかけていた私の顔に、ほかほかの温かい物が押し付けられた。
そのままの勢いでベットに仰向けに転がってしまう。
……蒸しタオル?
「カージナス様に話は聞いたわ。きっと酷いことになっているだろうと思ったから用意して来たの。しばらく顔に乗せときなさい。少しはマシになるはずよ」
「……ありがとう。でも、どうしてミレーヌがここにいるの?」
ミレーヌの行為に素直に甘え、顔面に乗せた蒸しタオルが落ちないように両手で押さえる。
ミレーヌがここにいてくれるのはとても嬉しいし、心強い。
……だけど、この状況が分からない。
「ごめんなさい。今回の視察は、カージナス様と私がお膳立てしたことなのよ」
「……え?」
「まだよ。乗せておきなさい」
驚いた勢いで飛び起きかけた私をミレーヌは蒸しタオルごとベッドに押し戻した。
「あなたとオルフォード様をもっと仲良くさせてあげたかったのよ」
「私とシャルル様を……って、……ミレーヌも知ってるの?」
尋ねた後すぐに、その理由に思い至る。
……ああ。
カージナス様がミレーヌに言わない理由もないし、彼女の聡さがあれば、私の言動から事態を察知することも可能だろう。
「でもね、私に用事があったのは本当なのよ。それは嘘じゃないわ」
「ミレーヌがそう言うなら、私は信じるけど」
「ありがとう。うれしいわ。早めに用事が済んだから合流しちゃったのだけど……良かったかしら?」
「ええ、勿論。……私、色々とやらかしちゃったから」
これに関しては、ミレーヌには全く関係ないことだ。
「ローズ!」
小さく溜息を吐きながら自暴自棄に笑うと、ミレーヌがガバッと勢いよく私を抱き締めてきた。
ミレーヌの優しくて甘い香りに癒やされた気がした私は、蒸しタオルを外してから昨夜の出来事をミレーヌに話した。
**
「――そう。そんなことがあったのね……」
痛ましそうな顔で私に話を聞いていたミレーヌは、口元に手を当てながら何やら考えごとを始めた。
考えごとを始める前に、新しい蒸しタオルを私の顔に押し付けることを忘れなかったミレーヌは、合理的というべきか、抜け目がないというべきか……流石は第一候補の婚約者だ。
蒸しタオルの心地良さにほうっと息を吐くと、考えごとが終わったのかミレーヌが話し掛けてきた。
「ねえ……。治せるかもしれないわよって言ったら、治したいと思う?」
「………?」
思いがけない言葉に、閉じていた瞳を開けて数回瞳を瞬かせた。
「お酒を飲むと色々と失敗しちゃう件よ」
「勿論、治せるなら治したいけど…………治せるの?」
「ええ。多分だけど、原因が分かったの」
「本当に!?」
顔に乗せていた蒸しタオルを強引に取ってから飛び起きると、ミレーヌはキョトンとした後に、『仕方のない子ね』とでもいうように苦笑いを浮かべた。
「治るということは……病気なの?」
「厳密に言えば、病気ではないと思うわ」
「……違うの?」
「うん。ふふっ。いつもの可愛いローズの顔に戻ったわね」
ミレーヌは私の頬を撫でながら微笑んだ。
百合っ気はない私だが、カージナス様の気持ちが少し分かった気がした。
――綺麗で可愛いミレーヌ。
見た目の派手さとは違い、中身は清純というギャップがたまらない。萌える……!!
「………ローズ? 聞いていた?」
「ごめん。聞いていなかったわ」
「もう!カージナス様みたいな顔をしていたわよ?」
……よく分からないけど、それは嫌だ。
あの人と一緒にはされたくない。
「だからね、ミランダ様にお会いしてくると良いわよって、言ったの」
「ミランダ様って……四番目の婚約者候補の『ミランダ・バン』侯爵令嬢のこと?」
「そうよ。他にいるかしら?」
……どうしてこのタイミングで、四番目候補のミランダ嬢の名前が出てくるのか、理由が分からない。
今の私の頭の中ではたくさんの『?』マークが飛び交っていた。
三番目の婚約者候補者のアイリス嬢を飛び越えて四番目?……って、今はそういう話ではない。
聡明でとても頭が良いと言われているミランダ嬢。彼女との接点はほとんどない。なのに、ミランダ嬢が解決してくれる……?
口に出していないはずの私の疑問を何故か正しく理解したミレーヌはニッコリと笑いながら言った。
「ミランダ様は魔法使いなのよ」――と。
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