第15話 都合の良い夢
「少し、外に出ませんか?」
シャルル様は、思わず見惚れてしまうような綺麗な笑みを浮かべながら、私に向かって手を差し出してきた。
……これは、きっと夢だ。
だって、こんな都合の良い現実があるわけがない。
ふわふわとする思考の中でそう結論付けた。
でも……これが夢なら……。
差し出された手をそっと掴むと、シャルル様は嬉しそうな顔ではにかんだ。
……っ!
その瞬間、ビリリと全身を電気が走り抜けたような衝撃を感じた。
バクバクと高鳴る心臓は、身体の外側からでも掴めてしまいそうなほどに大きく鼓動していて、息をするのが少し苦しいのに、辛くはない。
私の鼓動はシャルル様にも伝わっているのかしら?触れている手が緊張しているせいで、どんどん汗ばんでいくようだ。
……恥ずかしい。
だけど、この手を離したくない……………。
掴んだ手に無意識の力が籠ると、シャルル様の指の付け根にある固い部分に触れていた。
厳しい訓練に挫けることなく頑張っていると聞いた。だから、これはシャルル様の努力の賜物なのだ。
騎士達は、修練の間に何度も剣ダコを作っては、破り、また新しい剣ダコを作っては、破りということを繰り返していく。
そうしている内に、手の平の皮が硬くなり、破れることがなくなった時、漸く一人前になるのだという。
そう思うと、この剣ダコが愛おしくて堪らなくなる。
褒めるように指先でクルクルと剣ダコを撫でると、シャルル様はビクリと身体を揺らし、驚いた様に瞳を丸くしていた。
……擽ったかったのかもしれない。
こんな可愛らしい反応をするシャルル様を見ていたら、もっと悪戯をしたいという気持ちが沸き上がってくる。
ふふっ。
スルリと指を絡ませて握ると、更にシャルル様の瞳が丸くなった。
……夢だから……良いよね?
頬をだらしなく緩めながら指に力を込める。
「あなたは……」
シャルル様は、空いている片方の手で自らの顔を覆った。
……どうしたのだろうか?
私はコテンと首を傾げた。
――シャルル様が連れて来てくれたのは、中央に噴水が設置された中庭だった。
噴水の周りには夜目にも色鮮やかな、たくさんの花達が植えられており、頭上から降り注ぐ月明かりが私達の周囲を幻想的に照らし出していた。
まるで、お姫様と王子様が月明かりでダンスをする……あの物語の挿し絵のようだと思った。
「シャルル様。踊りましょう!?」
私はシャルル様の手をグイッと引っ張って、噴水の直ぐ側まで強引に引いた。
こんなに素敵な所に私がいるだけでなく、目の前には私にとっての王子様がいる。
勢いでプロポーズしてしまうほどに、私好みの王子様、が。
チラリとシャルル様を見上げると、シャルル様は呆気にとられたような顔で私を見ていた。
……まただ。
こんなに素敵な夢なのに、どうしてシャルル様は困ったような顔ばかりしているのだろうか?
「……ローズ嬢」
「もう。そんな他人行儀な呼び方をしないで下さい」
私はぷうっと頬を膨らませた。
「でも……」
「お願いですから私のことを『ローズ』と呼んで下さい。シャルル様」
私は上目遣いにシャルル様を見つめながら、シャルル様の両手を握った。
「言うことを聞いてくださらないなら、この手は二度と離しませーん」
私よりも大きくて剣ダコのあるシャルル様の手は、触れているだけで、とても落ち着く。
感触がリアルすぎて、切ない気持ちになる。
「…………っ!」
思わず、掴んだその手を自らの頬に擦り寄せると、シャルル様が息を飲んだ。
ふふふ。
この瞬間だけは、シャルル様の手は私のものだ。
頬から離して頭の上にのせると、ポンポンと私の頭の上で跳ねさせた。
「エヘヘ」
シャルル様からの頭ポンポン……嬉しいな。
「ちょ……っ!?ローズ……!」
「やーっと名前で呼んでくれましたね。嬉しいです。私なんて、ずっと『シャルル様』って勝手に呼んでいるの、気付いてますか?」
「……え?」
「相手の許しが無ければ、名前で呼ぶことも出来ないなんて、悲しすぎます。『オルフォード様』は遠すぎるから……。あ、でも今は私だけのシャルル様だから、良いですよね?」
私はシャルル様を見上げながら微笑んで、ギュウッと抱き着いた。
「シャルル様の香水の香り……大好きです」
背伸びをした私は、シャルル様の首筋に鼻を寄せて、その香りを思い切り吸い込んだ。
「あー、もう……、こんなのどうしろっていうんだよ……」
「私と踊って下さい」
「……分かった。踊れば良いんだね」
「はい!」
大きく頷きながら、シャルル様の手を私の腰に添えると、またシャルル様が息を飲んだ。
「計算なのか……天然なのか……。それとも小悪魔かな」
「……シャルル樣?」
私から視線を逸したシャルル様が、何やらゴニョゴニョと呟いていたが、聞き取れなかったので、私はニコリと笑って誤魔化した。
「もう、どうなっても知らないから」
真っ赤な顔で唇をむすんだシャルル様は、グイッと私を自身の方へと引き寄せた。
――月明かりの中、シャルル様とクルクル回りながら踊った。
楽しくて、楽しくて、思い切り踊っていたら疲れてしまった。
夢なのに疲れるなんて……不思議な夢。
「この夢が永遠に続けば良いのに……」
「覚めてもらわないと、困る――かな」
噴水の縁に座り、溜め息混じりに呟くと、目の前でしゃがみこんだシャルル様は、苦笑いを浮かべながら、私の額にそっと口付けた。
その柔らかな優しい感触は、カージナス様の時とは違っていて、不快感なんて微塵にも感じなかった。
「……っ!?」
「散々煽った君が悪いんだからね?」
額を押さえながら顔を真っ赤に染めた私に、シャルル様はペロッと小さく舌を出しながら意地悪な笑みを浮かべた。
……こんな顔もするんだ。
ギュッと心臓を鷲掴みにされたかと思った。
初めて見るシャルル様の表情にドキドキが止まらない。
「無防備なお姫様。僕だって男なんだからね?」
そう言って私を抱き寄せたシャルル様は、中性的な顔立ちであるのに、その力強さは紛れもなく男性であるのだと、再認識させるには十分だった。
獲物を捉えた時の獣のようなギラリと光る瞳に、ゾクリと全身が震えた。
「これは、私の夢…………ですよね?」
「さあ、どう思う?」
シャルル様は、ふっと瞳を細めた。
「ローズは『夢と現実』そのどちらであって欲しい?」
「…………私は。そのどちらでもあって欲しいと思います」
「どうして?」
「シャルル様と、一緒にいられることがとても楽しいから、ですね。それなのに、叶うのが夢だけだなんて辛いから……。現実でもこうして一緒にいたいと思うけれど……私はシャルル様に嫌われる悪役令嬢ですから」
「……ローズ?」
「ああ、そう考えると、やっぱりこれは夢なのかぁ……。目覚めたくないなぁ………」
私はシャルル様の指に、自らの指を絡めてギュッと力を籠めた。
どうか夢なら覚めませんように、と願いを込めて……。
**
「ローズ。……私は、君を嫌ってなんかいないよ」
少しだけ間を置いた後に、意を決したようにシャルルが口を開いた。
「………………」
「……ローズ?」
けれど、返事はなかった。
代わりに聞こえてきたのは、規則正しい寝息だった。
ローズは、シャルルの温かな胸元に顔を埋めている内に、眠ってしまったらしい。
「君は相変わらず無茶苦茶だね」
シャルルは、溜め息を吐きながら苦笑いを浮かべた。
そして、着ていたジャケットを脱いで、それを手早くローズに掛けると、横抱きに抱き上げて、噴水の縁に座った自らの膝の上に乗せた。
『私はシャルル様に嫌われる悪役令嬢ですから』
ローズの言葉が、シャルルの中で何度もループしていた。
悪役令嬢という言葉の意味は分からないが、嫌われていると思わせている自覚はあった。
右頬に触れていた髪を退けると、自然に昼間のことを思い出した。
勝手に触れて、泣かせて……。
自らが仕える主君であろうと、ローズを傷付ける者は許せない。
ハンカチで拭ったけれど……本当は、カージナス殿下の残した感触が消えるまで、何度もこの頬に口付けて上書きしたかった。
「子供みたいに嫉妬ばかりして、ごめん」
シャルルは身を屈めると、その頬に口付けを落とした。
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