金魚屋奇譚
煙ちゃん
プロローグ
プロローグ「金魚が見えたなら」(1)
作:煙ちゃん
プロローグ
(1)
前置き話というやつは、なるべく手短に済ませるのが良いんです。
これから始まる話について、お客さんへさりげなく説明するのが目的で、欲をかけばひとつかふたつ笑いを取って、喋りやすく、聞きやすい雰囲気に出来ればなお良くて、どっちにしたって早々に切り上げて「えー、とあるところに、どこそこの誰べえという者がおりまして」と本編に入って行くのがスムーズな進行ってものでしょう。
お客さん達はお足元も悪ければ、身の上の危険だってたっぷりとある道中を、わざわざと、わたしなんかの「ヨタ話」を聞くためだけにやってきてくれた訳ですから、あんまり待たせちゃかわいそうってもんです。
わたしの話を聞くためだけ、なんて多少有名人なのを良いことに偉そうな言い方をしてみましたが、実際には、酒場に食事にやってきた住人や札付き連中、観光客なんかのテーブルを回って、
「やあ、景気はどうだい? なんだって? それはお気の毒に。それでそんなに青い顔して飲んでいたのかい。ああ、元からそんな青白い顔色なんだ。そりゃあ、また、珍しい種族じゃないか、お前さん達。よし、じゃあ、わたしがひとつ面白い話を聞かせてやろう。笑えば多少
と、わたしの話を聞かせてやる代わりに、お客さんが注文した料理の中から目ぼしい一品を
そのヨタ話ですが、十のうち七くらいはセオリー通り、前置き短め本編たっぷりでやらせてもらっています。しかし、本編のボリュームが少なかったり、オチがもうひとつ弱いもんだから前置きの方で楽しんでもらおうっていうのが残りの二つです。
どうしました?
あなた算数が好きなんですね。
十のうち九ですから一つ足りません。
分かっていますって。わざとですから。
これでも計算は得意な方でして、足し算引き算から掛け算割り算までお手の物なんですよ。
ただし、学校に通う理由もお金を数える必要も、残念ながらわたしの暮らしには
酒場で商売をやっているのだったら、お金を数える機会くらいあるだろうって思いましたか?
ちゃあんとわたしの話に耳を傾けていてくれたのですね。
わたしの場合、酒の
酔っ払ったお客さんが、自分の財布の中身からその晩に飲み食いしたお勘定をどれくらい払い出したらいいか、てんで判断出来ないなんていう状態はザラにあるものです。
そんな千鳥足のお客さんが札付きだったりした日には、ごねて暴れ出したりしかねません。
そういう時はわたしが出て行って、
「お前さんはアレコレ食べていたけれど、金貨一枚だけでいいよ。なに、札束で払いたいだって? いまどき札束なんて流行らないよ。紙切れなんかより金貨の方が値打ちがあるってもんだ。たったの金貨一枚きりで結構さ。足りない分はわたしが出しておいてやるからね。なに、礼には及ばないよ。わたしだってお前さんの肴をつまませてもらった訳だからね。ほら、財布を出しなよ。なんだい、お前さん、顔に似合わずがま口財布なんて使ってるのかい? こいつは開けにくいんだよね。よいしょっと。どれどれ? 酷いね。お金の代わりにゴミまで入ってるじゃあいか。まさかこのゴミクズが札束だって言うんじゃないだろうね? 財布は綺麗にしとかないとお金が逃げていくよ。よし、じゃあ、これが今夜のお代だ。さあ、支払いは終わったよ。はい、さよなら」
と、親切料として
そうしたら、
「俺はそんなに飲んだり食ったりした覚えは無いんだけどなあ、ひっく。あれ? いまお前さん、俺の財布から金貨二枚抜かなかったか? え、違う? そうか俺が酔っ払って見間違えたのか。そうかそうか。そりゃあすまねえな、ヨタ公。今度また一杯ご馳走してやるぜ。ひっく」
と、酒で脳みそがひたひたになったお客さんは
すると店主の方も喜んで「ありがとうよ、話し屋。お前さんは本当に口が上手くて助かるぜ。しかし、そんな成りして手先が器用だね。金貨三枚ももらっちまったら釣りの方が多いじゃないか。ほれ、つきだしだけど食べていってくれよ」と小芋や椎茸の煮物をくれる。
こういう具合に、わたしの計算の腕前があるからこそ、皆にとって気持ちの良い会計が成り立つ訳です。
さて、前置きばかりが長くなっているのには理由がありまして、それが足りない一つの話というやつに結び付くんですが、勿体ぶってばっかりじゃあ話が進んで行きませんので正直にお伝えしますと、それは、今この時、まさに現在進行形でわたしの身の上に降りかかっている話であるからです。
とある勇者がドラゴンを倒した冒険談。
遠い異国の王子と貧乏娘のラブロマンス。
洗濯屋の女将さんが赤ん坊を授かった。めでたいね。
そういったどこかで誰かが体験したネタを、独自にアレンジして、スパイスを振りかけて、じっくり調理をしたものを、さも自分が見聞きしてきましたよって具合に、臨場感たっぷりに話してやるのが、わたし、こと「話し屋ヨタ」の商売なんです。
話し屋なんて商売聞いたことがありませんか?
そりゃあ、わたしが思い付いて勝手に名乗って始めた職業ですから、聞いたことがなくて当然でしょう。
この街にもやってきますが、リュートやギターなんかの弦楽器をつま弾きながら、歌に乗せて伝承やら恋物語やらを聞かせてくれる
わたしも彼らみたいに品が良くて幻想的なスタイルに
以来、口だけでやらせてもらっています。
なに、声の方は吟遊詩人と比べたって
それに、職業と言ったってお金なんか要求しないわたしの方が、吟遊詩人よりもよっぽどお客さんから席に呼んでもらえるってものです。
つまるところ。
話し屋にせよ、吟遊詩人にせよ、語って聞かせる話が出来上がっていて初めて、前置きや前奏はどのくらいが丁度良くて、本編や歌はこのくらいから聞かせてやろうって、「良いあんば」いになるように配分を決めることが出来るのです。
したがって、現在わたしの置かれた状況が刻一刻と転じていて、それも悪い方向にコロコロと転がり落ちている真っ最中ときたら、前置きがどうとか本編がどうとか、そんな
わたしは思いません。
前置き話が長くなっているのだって、わたしがいまこの状況を飲み込めていなくて、ちょっと、現実逃避でもしてやろうかなと始めたものでした。
そうだったのです。
こんな悠長な語り口調でやってる場合じゃなかった!
なにせ命の危機に瀕しているのだから!
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