第4話 追手
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。」
この世界に迷い込んで2日、走ってばかりな気がした。無理に走ったことで体が悲鳴を上げていることを実感し、蒼はその場に尻もちをついて座って休息しこれからどうするかについて考える。一刻も早く、元の世界に帰らなければならない。いや、元の世界に帰りたいの方が正しいか。だが、元の世界に帰る……言ってしまうのは簡単だが、何の手掛かりも無い今の状態では限りなく不可能といっていい状態だった。
「来た道を引き返すか……。いや、それは止めた方がいいか。」
まだ異世界だと知らず森の中に足を踏み入れた頃、帰ろうとして何時間も森の中を歩き続けたことがあったが、結局帰れず今に至っている。仮に、もう一度そんなことをしようものなら、今度は体力が持たないだろう。なにせ、昨日から何も食べれていない上に水すら飲めていない。あまり考えないようにしていたが今になって空腹と喉の渇きが大分酷く、正直肉体的にも限界が近かった。
「ああ、クソ。死にたくないぁ……。」
ここは異世界。頼れる当てなどどこにもない。しかし、何もしなければこのまま野垂れ死にするだけだ。蒼は溜息をつき、いつの間にかズボンの中に入り込んでしまった拾った本を取り出す。これが元の世界へ帰る手掛かりにでもなれば希望は持てただろうが、生憎これはただの漫画本。これをどう使ったところで魔法も何も起こりはしない。蒼は意気消沈させると、改めて本を返しに根性出して走ったことを後悔する。と、その時。
「ん? 」
蒼は街から人が一人出てきたのを見つける。街に外から人が出入りすることくらい、別に珍しいことでも何でもない。ただ気になったのは、その人間は全身をフードの付いた山吹色のマントで包み姿を隠していたこと。そして、門から伸びている道を歩いて行かずにその場で止まり首を左右に向けて動かし、何かを探しているように見えたことだ。
「⁉ 」
思わず、蒼は近くにあった茂みに身を隠す。何の確信も無かったが、思わずそうしてしまった。それは殺されかけたことによる恐怖心によるものなのか、自分でも分からない。ただ、今は現実で失敗してもゲームのようにやり直しは出来ない。だからかもしれない。
何やってるんだ俺は。まだアレが俺を探しているなんて決まってないだろ……。
そう思うも、もしアレが自分を探しているのだとしたら? もし見つけたらあの街の連中と同じように襲ってくるとしたら? なんて悪い可能性を考えてしまうと、背中の汗が止まらなくなり、心拍数も徐々に上がっていった。
「頼むから、早く何処かに行ってくれ……。」
動かず、息を殺し、ただ蒼は数十メートル先にいる人間の動向を茂みの中から見守りそう願った。が、しかし。
「おい、おいおいおいおい……。」
さっきまで動いていたヤツの首が、こちらを向いたまま止まる。自分がいる場所の後方には、森が広がっている。そのため、たまたま目を凝らして一度よく見ようとしていても珍しいことは無い筈だ。だが、顔の見えないフードの下に自分の視線が吸い込まれているように感じると、妙に自分の姿がそちらに見られているような気がしてならなかった。
いや、これは偶然だ。俺は隠れている上にこんなに距離が離れている、多少視力が良くたって分かる訳が無い。
そう自分に言い聞かせるも、ヤツはこちらを見て止まったままその場から動こうとはしない。すると。
「嘘だろ……。」
なんとヤツは、まっすぐとこちらに向かって歩き始めてきたではないか。その様子に迷いはなく、明らかに目標を見定めているように思えた。
「来るなよ……。」
どんどん歩いて近づいてくる顔の見えない謎の人物。異世界に来たばかりの蒼にとって、味方である可能性は限りなく低い。
「来るなって……。」
ヤツは歩くのを止めない。歩いている最中、急に右手を上に翳したと思えば直径1メートルくらいの魔方陣を展開する。そこへ右手を突っ込むと、中から何かを取り出そうとしているのが見えた。右手が掴んでいたのは柄、そしてその先から剣身を覗かせた瞬間。
「来るなーーーー‼ 」
蒼の感情は、爆発した。蒼は叫ぶと同時に、茂みから出ると森の中へ躊躇いなく全力で疾走する。謎の人物が魔方陣から取り出したのはショートソードだった。わざわざ剣を使用する理由なんて考えなくとも理解できる。そんなもの、殺すため以外に他ならない。刃物は、炎や岩の魔法なんかよりも実に分かりやすく蒼の危機管理能力を刺激する。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい⁉ こ、殺される⁉
蒼はとにかく走る。既に足が限界だったとしても、生きるために必死で足掻く。それを見たヤツは……。
「『@%&$#?』。」
何かを呟いた瞬間、助走も無しに前へ向かって天高く飛び上がった。
「はあ……はあ……。あれ? いない……? 」
息を切らしながら後ろを振り返った蒼は、後ろから謎の人物が追ってきていないことに気づく。これはひょっとすると、逃げ切れたのだろうか?
「よ、よか……。」
と、一瞬安心しかけたところで前方の上から木の枝をバキバキと折りながら何かが降ってきて地面に落ちた。
「は? 」
音に気づいて振り返っていた首を戻し前を見ると、蒼は顔面蒼白になる。そこには、ヤツが立っていた。ショートソードを携えた顔の分からない謎の人物。そいつは、たった一度の跳躍で全力で逃げる蒼に追いついて見せたのだ。
おいおい、身体能力お化けかよ……。
目の前の人間は人間だと思うが、自分の知っている人間ではない。異世界の人間なのだ。蒼の世界の常識など通用するはずが無かった。
「『#$%&I'&』。」
何かを喋っているようだが当然ながら日本語ではないため分からない。きっとこの世界の言葉なのだろう。そして、ヤツはショートソードを構えて自分に向けてくる。これはあと少しで自分が切り刻まれるに違いない。もし、自分もこの世界の言葉が話せたのなら、ひょっとすればこの状況を打開出来たかもしれないが、残念ながらそれは無い。それでも、蒼は死にたくない一心でもう一度感情を爆発させる。
「嫌だーーーー‼ 死にだぐないーーーーーー‼ 」
蒼は泣きながらヤツに向かって全力でそう叫んだ。無駄だと分かっていても、そうせずにはいられなかった。
クソ、これが最後。これで最後かよ……。まさか異世界に迷い込んで殺されるなんて、信じられねえよなぁ……。
叫んだ直後、ヤツの構えるショートソードが一瞬揺らぐとヤツは目の前から姿を消した。
「え? がぁっ⁉ 」
ヤツが姿を消したことに驚いたのも束の間、突然背中を後ろから触れられたと思えば全身にビリビリと電流が走り、蒼は意識を失いそのまま地面に倒れてしまう。
「…………。」
ヤツは何の感情も表わさず、何も言わない。そして、蒼が動かなくなったのを確認すると、魔方陣から縄を取り出しそれで蒼の手足を動けないように縛り、魔法で浮遊させて一緒に何処かへ消えてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます