第3話 ファーストコンタクト
目が覚めると、空から光が差し込み朝になっていた。
「うーん、一日経っちゃったかぁ……。」
蒼は、昨日のうちに家に帰れなかったことに落ち込みつつ、昨日の出来事を思い返す。拾った本を届るために着ぐるみを追いかけると、いつの間にか知らない森に迷い込み、猪のような獣に追いかけられて気絶。そして今に至る。訳が分からない。これが夢でないというのだから考えるだけで頭が痛くなる。
「痛っつ……。あ、膝が青くなってる。」
立ち上がろうと足に力を入れた時、昨日転んでぶつけた膝がジワリと痛んだ。ズボンをめくって確認すると、ぶつけた部分がうっすら青い。触った感じ、折れてはいないようだが、痛みを感じれば感じるほど今起きていることが現実だという事を思い知らされる。
「ハア……やっぱり夢じゃないか…………。」
蒼は気分を落としながらも、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、現在位置を確認するために電源を入れる。しかし、スマートフォンの電波状況の表示には縦棒の代わりに圏外という漢字が2文字表示されていたため、未だ現在地を調べることは不可能だった。
「まだ圏外かよ……。くそ、早く電波の届く場所を探さないと。」
蒼は溜息をつくと、膝の痛みを我慢しながらも立ち上がり、ひとまずは電波の届く可能性のある森の出口を目指して再び歩くことを決める。しかし、それから10分20分歩いても中々出口は見えてこない。歩き続ける間、不思議なことがあった。それは、歩いている間に見たことのない動物を目撃することがあったのだが、その動物達はこちらを見ても襲ってくる様子がなかったのだ。それどころか、真横を何事もなくすれ違うことすらあった。昨日のこともそうだが、自分が襲われないのは何だか妙に思えてくる。とはいえ、襲われないというのは素直に有難い。
「ひょっとしたら、この辺りの動物は人を襲わないのかもしれない。」
なぜ自分が襲われないのか考えても分からなかったため、とりあえず今はそう考えておくことにした。さらに歩き続けて十数分が経った頃、気づけば目の前から眩しい光が差し込んでくるのが見えてくる。
出口だ。
前から見える光に蒼の気分は高揚し、早く森から出たいと思うほど歩調も速くなる。そしてついに、蒼は森を抜けたのだった。
「やった、やっと抜けた……抜けたぞ。さて、ここは一体何処だ? 」
森を抜け、一安心した蒼はとりあえず目の前の景色を眺め、見覚えがある場所かどうかを確かめる。眺める先には、煉瓦造りの建物が多く立ち並ぶ街があり、その周りは高い壁で囲われ人が出入りするための入り口もあった。それらの景色は少なくとも現代日本にはあるはずのない光景であったが、蒼は今いる場所がまだ日本だと信じて疑っていなかったため、ここが異世界であることに気づくことが出来ない。
「うーん。俺の住んでた街の近くにこんな場所あったかなぁ? いや、俺が知らなかっただけか。」
蒼はもう一度スマートフォンの電源を入れて確認する。しかし、電波状況は未だ圏外のままで、自分の現在位置を調べることは出来なかった。これではスマートフォンを頼りに出来ない。ならばどうするか、こうなると手段は限られる。
「誰かに聞いてみるしかないか……。」
折角近くに街があるのだ。であれば、現地にいる人間に聞く方が早い。蒼は現在位置を知るためにも、向こうに見える街へ行ってみることに決める。街の出入口に着くと、とりあえず見張りのような人は誰もいないようだった。いればそこで解決出来たかもしれないが、いないのだから仕方ない。
「でもなぁ、なーんか入っちゃダメな気がするんだよなぁ。」
なぜそんな良くない気がしたのか、明確な理由は無い。これはただの勘だ。理由も無く全身がザワザワするようなとても曖昧なものだが、経験上こういう時に行動すると碌なことが無かった。未だ印象に残っている出来事といえば、中学時代にゴミをゴミ箱に捨てようとした時のことだ。ゴミを捨てようとゴミ箱を見て、今のような感覚に陥っていたのだが、所詮はゴミ箱。そう思い、丸めた包装紙を捨てようと蓋を開けたら、ゴミ箱の中から出てきた男に首を絞められた。何言ってるんだこいつと思われるかもしれないが、それで殺されかけた上に財布を盗られたので冗談でも何でもない。もし、途中で誰かが気づいて助けてくれなかったなら、あの時自分は死んでいた可能性もあっただろう。そういうこともあり、自分の勘に従いたくなったが、今回ばかりは進まなければ何も始まらない。不安を抱えつつも、蒼は気を普段より一段と引き締めて門を潜って街の中へと入っていった。街に入ると、そこでは市場が道に沿って開かれていた。売られているものは様々で、食料品から雑貨などがあり、人々はそれらを売り買いしている。現代の日本にこんな場所があったのかと驚いていると、眺めていて気になることがあった。
「なんだか初めて見るものばかりだなぁ。あんな三角形の形をした果物なんて見たことないし、リンゴ? みかん? いやいや、流石にそんな形はないか。」
それは、果物や肉、野菜、魚だというのは見ればわかるのだが、どれも見たこと無いものばかりで、見ているとここが何処なのかますます分からなくなる。さらには、店によっては看板を出しているところもあるのだがその文字が全く読めないときた。これには流石に、蒼はここが本当に自分の知っている日本なのか疑い始める。
「……あれ? ひょっとしてここ日本じゃない? 」
周りの話し声に耳を澄ますも日本語は聞こえてこない。かといって英語など、自分の知っている外国語でもないため当然意味は分からない。この時点で、自分の今いる場所は自分の知る日本ではないことは明らかであった。蒼は真顔になると、自分の頬を強くつねってみる。これが夢なら痛まないはずだが痛みの方はしっかり感じたため、今見ているそれらは現実以外の何物でもないことをまたもや証明してしまう。正直、夢であって欲しかった。本当に夢であって欲しかった。
「嘘だろ……。異世界転移なんて、漫画アニメの話じゃないんだぞ。」
異世界転移……これまで読んできた漫画や小説の内容から、今自分の身に起こっていることを蒼はそう結論付けた。しかし、結論が出たところで自分に何が出来るというのか。どうすれば元の世界に帰れるのか、いや、そもそも帰れるのか。とてつもない不安が蒼を押し潰そうとのしかかってくる。冷や汗が止まらない、心拍数も上がってきた。周りを見れば見るほどここが日本じゃないことを思い知らされ、遂には蒼は冷静さを失おうとしていた。
なんでなんでなんでなんでだ⁉ どうしてこうなった? 俺はただ落とし物を届けに走ってただけなのに……。異世界なんてそんな……俺はまだ死んですらいないんだぞ‼
蒼は創作物での異世界物は結構好きな方だ。それゆえに行ってみたい、チート使って無双してみたいなどと一度は憧れることもあった。だが、実際に急に自分の身に起こってしまうとどうだ? そんな憧れは一瞬で消し飛んだ。特殊な力も無い、現地の言葉も帰る方法も分からない、見知らぬ場所にただ一人放り出されたこの状況、楽しい筈が無い。
自分はこれからどうすればいいのか? この世界で残りの人生を過ごす? 冗談じゃない、自分はあの娯楽を満喫する日々にそれなりに満足していたというのに。でも、帰る方法が分からなければ本当にそうなってしまう。
そこで思わず発狂しそうになった蒼だが、前を向いた時に違和感に気づく。それは、今に叫び出しそうになっている自分のことを、知らない中年の男が立ち止まってじっと見つめていたのだ。確かに、全員が中世風の服装をしている中で一人だけTシャツにジャケット、デニムを着用している奴がいれば目立つのも無理ない話だ。ただ、気になったのはその男の表情が何かに怯えているように見えたことだ。自分の後ろを見て確認してみるも、そこには誰もいない。何か変だ。奇妙な状況を自覚したところで、頭が冷え蒼は少し冷静さを取り戻す。
何に怯えているんだろう? まさか自分? いやいや、ごく平凡な一般市民の自分に何を恐れるというのか。
そんなことを考えていると、今度は近くを通りかかった若い女性がこちらを見て驚愕の表情を浮かべ呆然と立ち尽くす。そして一人、また一人と自分の存在に気づいた街の人の視線が自分に刺さり、いつしか自分は注目の的になってしまった。その状況に我慢できなくなると、蒼は言葉が通じる通じない関係無しに思わず何がそんなに気になるのか前方にいる人たちに向かって疑問を尋ねる。
「あ、あのー。自分に何か……。」
「ギャーーーー‼ 」
蒼が喋り出した途端、こちらを見る女性の一人が悲鳴を上げた。その直後、悲鳴を合図に隣にいた男が何かを呟き自分に向かって手を翳す。そして。
ボウ‼
「ちょっ⁉ 」
なんと、男の掌から火の玉が自分に向かって飛び出してきたではないか。蒼は咄嗟に反応し横に反れてギリギリで火の玉を躱す。直撃は免れたものの、肩を掠めその部分のジャケットが黒く焦げてしまった。
ヤバい逃げろ‼
すぐに直感が自分に警告する。攻撃された理由は分からないし見当もつかない。だが、自分に飛ばしてきた火の玉は紛れもなく本物で、当たればタダでは済まないことは明らかだ。もしもこの後、今ここにいる全員が同じことをしてきたなら自分は間違いなく死ぬだろう。蒼は、街の人間が次の行動に移る前に直ちに全力で出口を目指して駆け出した。その直後、後方からは一斉に火の玉やら氷の塊、岩なんかが勢いよく飛んでくる。
「うわああああああああああ⁉ 死ぬ死に死ぬ⁉ 」
あと少し行動が遅れていたらどうなっていたか、想像するだけでもゾッとする。おそらく、今飛んできている物は全て元の世界の創作物で言う「魔法」だろう。つまりこの世界は魔法の存在する世界だという訳だ。いや、今はそんなことどうでもいい。そんなことを考えていると火の玉が一発、蒼の背中に命中する。
「があ⁉ あ、あっつ⁉ 」
背中が燃える。だが、出口まであと少し。ここで足を止めて追撃を受けるのが嫌だったため、そのまま走り続け街を出たところで蒼は着ていたジャケットを脱ぎ捨てる。ジャケットの生地が厚かったことが幸いし、ジャケットの下は無傷だった。
「とりあえず森まで逃げよう。」
後ろは振り返らなかったが、追ってきているかもしれない。森には魔物もいるみたいだし、そこまで行けば諦めてくれる……はず。
そう思い、蒼は自分が出てきた森を目指して逃げる。結果、蒼の判断は正しかったと言えるだろう。なぜなら、蒼が森へ入っていくところを見たところで蒼を攻撃した街の人間達は蒼を追いかけるのを止めたからだ。しかし、それで終わることは無かった。
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