第2話 ここはどこ?

 もう3時間くらい歩いているんじゃないか?


 実際は一時間足らずの時間だったが、蒼はそう長く感じられる時間を歩き続けるも未だに森を抜けることができていなかった。長時間歩くことに慣れていなかったため、足の裏が痛くなると蒼は一度足を止めてしまう。


 ちょっと休憩、どこか座れる所は……。


 周りを見渡すと近くに座るのに丁度よい折れた木があったため、そこに座って休憩することに決める。そして、座って落ち着くと蒼の心に今になって急に後悔の念が込み上げてきた。


「ああ……こうなることなら、本を返すのに頑張るんじゃなかったなぁ。というか、ここ何処だよ畜生…………。今日中に家に帰れればいいんだけど。」


 蒼は深くため息をつくと、手に持ったビニールに包まれた本をじっと見つめながらそう呟く。本当に夜になる前には森は抜けたいところだ。暗くなれば視界が悪くなり動きづらくなる。そして、今の手持ちは拾った本以外はスマートフォンと財布ぐらいしか持っていないため、万が一クマ等の人を襲うような獣と遭遇することがあれば、あっという間に殺されてしまう。蒼は、自分が獣に襲われて体を八つ裂きにされて死んだ場面を想像すると、身震いして血の気が引いてしまう感覚を感じるのだった。


「しっかりしろ、俺‼ 日頃の行いを考えれば、そんな目に遭う理由はないはずだ。」


 蒼は勢いよく立ち上がって休憩を止めると、悪い考えを振り払うように両手で頬を二回叩いて、急ぐように本をズボンと腹の隙間に差し込む形でしまい込み、再び出口を目指して歩き始めた。とその時。


「ん? なんだ? 」 


 突然、何かに遠くからこちらを見られているように感じ、蒼は思わず足を止める。ゆっくり後ろを振り返ってみると、遠くてはっきり見えなかったが、2つの黄色く光る目玉がこちらを覗き込んでいるのがなんとなく分かった。あれは間違いなく獣の目だ。尚且つ、目のある位置が自分の身長よりも高い位置にあることを考えるとぁの個体は大分大きい事もわかる。あんなもの、戦ったところで今の手持ちで勝てる未来が見えない。


 これはヤバそうだ……。


 命を狙われてるような緊張感から、自分の額から冷や汗が流れたのが分かった。そして、目が合ったと思うと、見つめていたそれがこちらへ向かって走り出す。後方からは木の枝などをかき分ける音やドスドスという重い足音がだんだん大きくなって聞こえてくる。周りには自分以外の生物が他に見当たらなかったため、奴の狙いが自分であることなど考えるまでも無かった。


「マズい⁉ 来た来た来た来た⁉ 」


 蒼は、迫る足音に釣られるように目の前の草木をかき分けながら全力で駆け出す。


 追いつかれれば餌にされる‼ こ、殺される⁉


 歯を食いしばって逃げながらも、蒼は自分の恐怖心を誤魔化すように今日のあまりの不運さを嘆き叫んだ。


「なんで、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!? 俺が今日何したって言うんだよぉ‼ 」


 逃げている最中、何に追われているのか振り向いて確認したいと思ったが、無駄な動作で走る速度が落ちて追いつかれることを思うと、とても怖くて出来なかった。


「今日はホント、ついてないにもほどがあるぞ‼ ただ本拾って届けようとしただけなのに‼ 」


 蒼は嘆きながらもとにかく全力で走る。しかし、蒼の頑張りとは裏腹にこちらに向かってくる足音はだんだん大きくなっていく。それは、蒼との距離がどんどん詰められてる証拠でもあった。このままでは蒼が捕まえられるのも時間の問題だ。とそこで、


「うお!? 」


 突然、走っていた途中に蒼の体が一瞬だけ宙に浮いた。自分の身に何が起こったのか理解できないまま瞬きをすると、次に自分の体が地面に倒れていることに気づかされる。蒼は地面から突き出た木の根に躓いて転んだのだ。バクバクと聞こえてくる自分の心臓の鼓動が、蒼の焦りを加速させる。


「マズイ⁉ 」


 これはもう逃げ切れない、そう思うと体が強張ると同時に蓄積していた疲労がドッと自分にのしかかり体が急に言う事を聞かなくなってしまった。


「クソ! 食われる!? 」


 死を覚悟して振り返ると、そこには車2台分位の大きさのある紫の体毛で覆われた猪のような生き物がどっしりと構えていた。


 デッカイ猪⁉ でもなんか知ってるのと違う⁉


「BUWAWAWAWAWAWAWA‼ 」


 猪の様な生き物は獲物を追い詰めたことに興奮して雄叫びを上げる。ほんの少しだけ、そいつが草食なのを期待したが、開いた口から覗かせる歯は、犬歯が大きく発達しているように見えたため、肉食である可能性が高い。


 詰んだ。このまま食われて死ぬのか……。21年、短い人生だった畜生……。


 完全に諦めてしまった蒼は、抵抗するのを諦めそのまま目を閉じて体の力を抜き、潔く自分が食べられるのを待つ。そして、口から吐き出される吐息と涎のおかげで大口が自分の頭に近づくのが、目を瞑っていても分からされる。


 ………………。


 蒼が自分が食われるのを待ち、獣との間に十数秒の間があった。しかし、いつまでたっても蒼が魔物に食べられることはない。


「BUWA? BUWA? BUWA? 」


 獣は、しばらく蒼の体の匂いを嗅いで回ると何かに気づき不機嫌になり、なんとどこかに走り去ってしまう。蒼がゆっくり目を開けてみると、そこにはもう何もいなかった。


「いな……い……? でも、どうして…………。」


 なぜ自分が食べられなかったのか、それは本当に分からない。だが、結果として自分は生き残った。それは確かなことだ。安堵すると同時に緊張が一気にほぐれると、極限状態での疲労により蒼は、起き上がれずにそのまま気を失うのだった。

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