第8話「スピカアカデミアの再生請負人『明石奏真Side』」

 俺の後輩に当たる、葛城瑞貴かつらぎみずき新宮舞織しんぐうまおりというふたりの若者が去った後、俺はニーナと綾音あやねを連れて、オーメル・インダストリアルに戻っていた。

「ふたりをどう思う、お前ら」

「そうね。アタシは、いいんじゃないかなって思うよ」

「それは私も」

 綾音の「いいね」は、どっちの方向なのかわからないので、返答に悩むが。

「綾音はさ、後輩として『いい』って言ってるのか、それとも別の意味合いが含まれてるとかある?」

「ウッ」

「図星か」

 新那の突っ込みに、綾音の顔が少しひきつった。

「それに関してさ、社長のリリウムさんにも、会長の奏音かのんさんにも言われたろ。……つか、奏音さんに言われるって、程があるぞ、綾音」

 綾音には少々問題がある。

 年頃の男の子とか、若い男がかなり好きらしく、好みの男を見ると、見る目が変わるというのがある。

 それを知ってて、会長と社長は彼女を引き取ったらしい。

 リリウムさん曰く「アヤネ・シンカイは、私たちの企業という名の鳥籠に閉じ込めておこかないと、あとで彼女自身が苦しむハメになる」と。

 どうやら、リリウムさんは、妹で専務であるエメリーさんから、綾音の話を聞いていたらしい。

「けど、奏真がエメリーさんのお眼鏡にかなって、オーメル・インダストリアルに入社できたのはすごいよね」

「だな。俺もよくわからんうちに、入社してたみたいでさ。気がついたら、ここにいた……みたいな」

 多分、綾音に手綱をつけるためなんだろうけどな。俺が彼女を扱っているところを見て、入社させたほうがいい、と思ったんだろうな。


 ◇


「ただいま、戻りました」

「お帰りなさい、三人とも」

 出迎えたのは、専務のエメリーさんだった。

「あれ、エメリーさん自ら?」

「実はリリウムお姉様も、奏音様も帰ってしまっていて。

 事務の人たちも定時を過ぎたので、帰らせた後なので」

「そう……だったんですか」

 時計を見ると、午後6時過ぎだった。そんなにかかってしまったのか?

「はい。私がここにいるのは、個人的な理由です」

「個人的な理由?」

「はい。ソウマさん、アヤネさん、今日は大丈夫でしたか?」

 少し考えて「ちゃんとこなしてくれましたが、後輩と会わせた時に、ダメな顔が表に出てしまいまして」と答えた。

「やはり、アヤネさんはソウマさんが、しっかり手綱を持っていないとダメみたいですね」

「エメリーさん、手厳しい感じですね。しかも無表情で」

 淡々と喋っているエメリーさんに、俺はつい言わなくていいことを言ってしまう。

 エメリー・エムロード。オーメル・インダストリアル専務。

 アッシュグレーのショートカットボブで、「エムロード」の名の通り、エメラルドグリーンの瞳が美しい。鼻立ちもよく、かなりの美人である。

 ただ、表情があまり変化しないので、どことなく冷たい印象がある。

「無表情はひとこと余計です、ソウマさん。

 そういう物言いが良くないと、リリウムお姉様に指摘されていませんでしたか?」

「うっ。……あっはい。すいません」と、しょぼくれた顔で謝る。

「話は変わりますが、ソウマさん。後輩、というのは、どちら様だったのでしょうか」

「ああ、えーっと」

 メモ帳を取り出して、ふたりの名前を書いたページを開ける。

「葛城瑞貴と新宮舞織の2名です」

「ミズキ・カツラギと、マオリ・シングウ、ですか」

「はい。葛城瑞貴は、噂によればスピカアカデミアで挫折したアイドル候補生たちを、次々と立ち直らせたことから『再生請負人』なんていう言い方をされているそうで。

 新宮舞織は、中等部からの生徒で、一年前までは期待されていたそうです」

 椅子に腰掛けた俺は、同じように椅子に腰掛けたエメリーさんに報告する。

「なるほど。その、ミズキって子は面白い子ですね。『再生請負人』なんて面白い二つ名が。

 そして、マオリって子は、そのミズキの元で立ち直ろうとしているアイドル候補生、ということでしょうか」

 そのとおりです、と俺。

「なるほど。であるなら、ふたりとも大学を出て、ここに連れてきたいものですね。

 ただ、リリウムお姉様と奏音様に会わせる必要は、もちろんあるとは思いますが」

「そうですね」

 立ち上げたノートパソコンのメールチェックを行う。

「ソウマさん」

 ノートパソコンの画面を覗きながら呼びかけるエメリーさん。

「なんとか、彼らと会わせてもらえないでしょうか。もちろん、リリウムお姉様と奏音様も含めて」

「えーっと。それは俺が彼らに連絡する、というカタチで大丈夫ですか?」

「そうですね。お願いします。私からもアカデミアの先生方には連絡するので」

「かしこまりました。やっておきますね」

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