第9話「スピカアカデミアの再生請負人・その4」

 平島巽ひらしまたつみというヤツから、彼の幼馴染である新宮舞織しんぐうまおりをなんとかしてくれ、と頼まれてから、既に2ヶ月は過ぎていた。

 俺は、この2ヶ月の間に、舞織と友だちになり、スピカアカデミアのスポンサーである、オーメル・インダストリアルと関係のある人物と知り合ってしまう。

 ただアイドルを立ち直らせるはずが、人脈が増えてしまった気がする。

 舞織は、以前の輝きを取り戻してきたので、そろそろ俺の仕事は終わりだと思うのだが、ひとつ気がかりなことがある。

 どうして、舞織がダウナーな感じになってしまったのか。

 それがわかる人間がいればいいのだが。

 俺としては、クライアントである平島が悪いのではないのか、と思っているのだが、彼は特進コースの人間で、出会うことができなくなってしまっている。

 連絡先を知っていることは知っているのだが、こちらから連絡をとったことはない。

 送ったところで、忙しいから無理。などと言われるのがオチだろう、と思いつつ、メッセージを送ってみると、放課後なら話ができる、と返事が帰ってきた。

 放課後、俺と平島は、食堂の片隅で話を始めた。

「アンタからの依頼だが、舞織はもう大丈夫だ」

「おぉ、そーか。良かった良かった。やはり噂は本当だったんだなぁ」

 頼んできたときと同じようなテンションで、俺の報告を聞く平島。

「それでひとつ聞きたいことがある」

「なんです?」

「平島巽。新宮舞織との間になにがあった?」

 頼んできた理由を聞いてみた。おそらく、舞織と何かあったから、そうなったんだろう、と睨んでいるからだ。

「別になにもないぜ? けど、なにか舞織の様子がおかしいから、葛城さん。アンタに頼んだんだぜ?」

「そうか。それならいいのだが」

 少し考えて、俺は平島に言う。

「あまり、変な探り入れてくれるなよ?」

「さて、どうかな」

 俺は平島を疑っている。舞織が『ああなってしまった』理由を探りたい、と思っているのだ。



「平島巽が、この棟にいたかどうかってことか?」

 翌日の放課後、俺は養成コースの担任である古鷹先生に、尋ねてみた。

「はい。新宮舞織さんが、いわゆるダウナーな雰囲気を出してしまったのには、なにか理由があるんじゃないかと思いまして。それで、僕にそれを頼んできた男が、その平島ってヤツなんです」

「ふむ。ちょっと調べてみる。すぐに終わると思うから、待っててくれるか」

 と、古鷹先生は移動申請を出した学園生の名簿一覧を取り出した。

 そして「は行」のインデックスを開き、平島巽という名前を探してくれている。

「あったぞ。ここだ」

 俺の予測どおりだった。平島巽は、一年前俺と同じアイドル管理コースにいた。

 そして、今年になって特進コースへ移動を申請して、許可されている。


 ――平島巽と新宮舞織は、なにかあった。


 それがわかっただけでも、大きな収穫である。

 そうすれば、舞織が幼馴染に容赦のない言葉を使う理由が頷ける。

 平島巽は、変な探りを入れるな、と言っていた。

 彼には隠したい過去があったのだ。だから、あんなことを言ったのだと確信できた。

「ありがとうございます」

「それはこちらこそだ」

 名簿一覧を棚に戻しながら、古鷹先生は言う。

「それともうひとつお伺いしてもよろしいですか」

「一年前の養成コースの担任を教えてくれ、だな? 確か、ここにいるはずだ」

 そう言って、古鷹先生は立ち上がり、赤いアンダーリムのメガネを掛けた女性を紹介してくれた。

青葉摩耶あおばまや先生だ。一年前、養成コースの担任をしていらした。

 青葉先生、こちらは、管理コース2年の葛城瑞貴かつらぎみずきという子だ」

「よろしくね、葛城君」

「こちらこそ、よろしくお願いします、青葉先生」

「えーっと、一年前の話を聞きたい、だったわね」

「はい。そうです」と言うと、青葉先生は古鷹先生に、別室でお話をすると言って、どこかの教室の鍵を手にして、俺に退室するように促した。

「ここなら、誰にも聞かれないから大丈夫よ」

 養成コースと管理コースの棟にある、空き教室。

 青葉先生は、自身のノートなどを机の上に置き、俺の目の前に座った。

「別室で、ということは、かなり個人的な話をすることもあるから、ということですか?」

「ええ。職員室ではおおっぴらに言えない話も含まれるわけだから」

「そんなに深い話なのですか?」

「ええ」と、青葉先生。

「深い、というか、闇のあるディープな話ね。――これは、新宮さん本人から聞いた話でもあるの」

 青葉先生は、そのノートを開けた。

 一年前の日付で、舞織が青葉先生に話した内容が書かれていた。

「どうやら、方向性の問題で幼馴染と対立したみたいね。

 葛城君も知っているかもしれない話だけど、ペアを組んで方向性について話をする、っていう授業、受けたことがあるわよね」

 それに首を縦に振って答える。

 その時、俺は話しやすそうなアイドル候補生の女の子と話をしていたと思う。

 どうやら、その授業の時に、言い争いになったらしく、青葉先生たちが静止してなんとかその場は収まったらしい。

 しかし、事あるごとに平島と舞織は言い争うようになったらしく、舞織の負担も増えてきたのではないかと、青葉先生たちは見ていたそうだ。

「それで、平島のほうが移動させられたと」

「そういうことになるわね。表向きは、本人希望で特進コースへ移動したことになってるわ。

 でも、真実はこれ以上、期待のアイドル候補生である新宮舞織を苦しめたくない、という思惑があって、私と養成コースの日向ひなた担当教頭と特進コースの川内せんだい先生協力のもと、平島巽を懲罰処分のような方向で、特進コースに移動させたのよ」

 だからか。変な探りを入れるな、と言った平島の意図は、ここにあったのか。

「なるほど、そうだったんですね。ですけど、どうして舞織が優遇されているような扱いだったんでしょうか」

「それは、彼女が中等部から高等部に上がってきたことがひとつ。もうひとつは、先生たちの評判が良かったのよ。そういうこと」

 暗部だな、と直感で思った。

「そうするしかなかったの。だから、そうなった」

「そうだったのですね。だから、おおっぴらに言えないと」

 そうなの、と青葉先生。

「規定はあったにせよ、それが適用されたケースはあまり多くないと聞いたわ。

 教頭は、それが一通り済んだあと、本当はこんなことはしたくなかった、って言ってたわ」

 決断を下した先生たちも苦しかったもしれないわね、と青葉先生は言う。

 平島の処分を決定するときの会議で、青葉先生はオブザーバーのような立ち位置でその会議に参加していたらしく、教頭の表情はいつもと変わらないように見えていたという。

 受け入れ側の川内先生は、仕方ないわね、と言っていたそうだ。

 受け入れに関して、川内先生も乗り気じゃなかったらしいが、舞織の評判を聞いていたから、彼女を助けてあげたい、という気持ちは理解できる、と。

 ただ、見せしめのようなカタチにしたくない、ということで、書類上は本人希望ということで、処理。

 本人には、今年の3月に通知が来て、特進コースの学園生である証拠の指定ネクタイと、管理コースの学園生である証拠の指定ネクタイを無償交換。

 そして、必要な物品も本人に提供して、特進コースへ移動させたそうだ。

「本人には警告が来たんですか?」

「一度ね。言い争いが発生したときに、平島君が呼び出されて、教頭が雷を落としたそうだから。

 一応は、気にかけていたわけだから、ってことかしらね。あの、教頭のセリフは……」


 ◇


 平島と舞織の関係を聞いてから数日後。

 俺は舞織に、平島との依頼と関係なく、仲良くしてほしい、と頼まれてしまった。

「それは構わないけど、どうして」と、気になったことを尋ねる。

「ここまで私に構ってくれた、というのもあるし、母親以外に親身になってくれた人が、あなただった。それだけの話よ」

 微笑みながら言う。

「じゃあ……?」

「巽に頼まれたからとかじゃなくて、私個人として瑞貴、あなたにお願いしたいの」

 契約変更、というわけか。依頼内容は変わらず、だが。

 そうなると、平島に連絡しなければならないな。

「わかった。でも、平島に連絡はさせてもらうが、それはいいね?」

 いいわよ、と舞織は返事した。

 その後、俺は平島に話があると、連絡した。

「それで、用件が済んだから、もういいってわけか」

「そうなるな。俺は舞織から言われた」

 あんたとの関係はこれまでだ、というような言い方をした俺も悪いかもしれないが、平島の不服そうな顔がどうも気に入らない。

「そうか。アンタも舞織の味方をするってわけか」

 突如、平島の口調が、おちゃらけたものではなくなった。

「? そういうつもりはない。これは舞織本人の希望であって、俺はそれを平島巽……。君に伝えただけだ」

「そうかい。じゃあ、もうこれ以上、アンタと話をすることはないな。あばよ」

 吐き捨てるように言って、平島はその場を去った。

(なんなんだ、あいつ……)

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