第7話「スピカアカデミアの再生請負人・その3」

「すいません、舞織まおりさんいますか」

 新宮さんが休んだ日の放課後、俺は彼女の家に向かい、インターフォンを押して言った。

 ちょっと待ってくださいねと、母親が応対してしばらくして、ドアが開いた。

「舞織が言うには、あがって部屋まで来てほしい、と」

「わかりました。では、失礼いたします」

 そして、新宮さんの部屋に向かい、ドアをノックする。

「……葛城かつらぎ君、来てくれたんだ」

 しんどそうな新宮さんがドアを開けてくれた。

「うん。でも、大丈夫じゃ、なさそうだね」

 顔色の悪い彼女を見て、すぐにベッドに向かわせる俺。

「ごめん。疲れが取り切れなかったのと『アレ』が来ちゃったみたいで……」

「マジか……。それは辛いだろうに」

 そりゃ、動けんわな……。と、思わざるを得なかった。

「しばらくは、学園に行けるとは、思えんな。それだったら」

「そう、なるかな。ごめんね、葛城君」

「えっ? あ、ああ……」

 突然謝られて、少し戸惑う俺。

「あと数日でいいから、お見舞いに来てくれる? 葛城君が来てくれる、っていうだけで、乗り切れそうだから」

「そんなことでいいなら」

 そんなに徒労じゃないし、寄り道する感覚で行けるからなんの問題もないので、そう返事した。

 新宮さんは、俺が毎日顔を見せに来てくれる、と思うだけで、辛いのが少し軽くなるらしい。それが数日続いた。

 それから、新宮さんが俺のことを呼び捨てにしていいか、と聞いてきた。

「いいけど、その代わり、俺も新宮さんを『舞織』っていうけどいい?」

「いいよ」

 こうして、俺たちはお互いを呼び捨てにする程にまで、仲良くなった。


 ◇


 仲良くなって迎えた最初の週末。

 俺は、舞織と一緒にブラウモーントというアイドルユニットのライブを見ていた。

 なぜ、俺たちがここにいるかというと、その週末前の放課後に、職員室に用件があって向かった。養成コースの担任に、舞織のことを報告するためだ。

 報告し終わって、先生が「葛城の名前で、ブラウモーントの予約入れたからな」と言ってきたのだ。

「えっ、なんでそんなことを!?」

「いや、実はな、さっき私の教え子だった、高砂新那たかさごにいながふたりぐらいなら、サービスするから呼んで、って連絡してきたんだ」

 高砂新那、という人は、この学園の卒業生で、同じ系列の大学である「鈴谷学園大学」を卒業したアイドル。

 そこで知り合った新開綾音しんかいあやねとユニットを組んで、ブラウモーントとして活動しているそうだ。

 スタッフのひとりとして、同じ大学を卒業した明石奏真あかしそうまという人がいるという。

 さて、彼女たちの曲は、激しい曲が中心のようだった。

 ビジュアル系ロックバンドが好きな俺にとっては、全てが突き刺さる感じである。

 舞織は、彼女たちの曲やパフォーマンスに目を奪われていたようだった。

 その後、物販があるらしく、彼女たちと交流できるそうだ。

 そこで俺は、高砂新那と交流するためにチェキを買い、舞織もそれに従った。

 舞織は新開綾音ともお話をしたいらしく、2枚購入していた。

「名前は?」

葛城瑞貴かつらぎみずき、といいます」

「葛城……? ああ、古鷹ふるたかセンセの言ってた、養成コースの子って、君?」

 新那さんは、養成コースの先生-古鷹先生の名前を出した。

 ということは、彼女が先生に連絡して、俺たちを招待した、ということか。

「はい、そうです」

「は~~~、なるほどぉ~~~。で、綾音と話してる彼女が、アタシの後輩にあたる子?」

「そうです」

「ふ~ん、そっかぁ。じゃあ、奏真に話しておくね。おそらく、アタシに連絡するように仕向けたのはヤツだから」

 そこで交流の時間は終了した。

 ブラウモーントの物販時間が終わった後、俺と舞織はスタッフしか入れない場所に案内された。

「はじめまして。ブラウモーントのスタッフで、君たちの先輩に当たる明石奏真だ。よろしく」

 奏真さんは、名刺を渡す。

 その名刺には「オーメル・インダストリアル アイドル事業部 ブラウモーント専属スタッフ 明石奏真」と書いてあった。

 奏真さんはスタッフなのだが、動きやすい服ではなく、スーツを着ている。

「『オーメル・インダストリアル』……?」

「学校法人鈴谷学園のスポンサー企業さ。スピカアカデミアの創立に深く関わっている企業でね、アイドルに関係する企業とアイドル事業部があった会社が統合して出来た会社らしいんだ」

 俺の疑問に、奏真さんが答えてくれた。

「それで、私たちはスピカアカデミアを卒業して、鈴谷学園大学に進学して卒業して、っていうプロセスでアイドルやってるの」と綾音さん。

「大学出て、オーメル・インダストリアルの社員として、ってことですか?」

「そうなるかな。普通に、一般企業に行くやつもいるけど、大体はオーメル・インダストリアルに就職するやつが多いかな。オーメルは、アイドル事業部だけじゃないからな」

 そうなんですね、と舞織が口を開く。

「ニーナと綾音は、アイドルだからパフォーマンスしやすい服装をしているわけだけど、俺は大体スーツ姿でいる。……と言っても、遠征する時は、スーツを着ないで動きやすい服装になることもあるが、一応オーメルの社員だからな」

「なるほど」

「そういうこと。ま、アタシたちも一応はオーメルの社員、っていう扱いなんだけど、会社に出向く時は、スーツじゃなくていいって専務のエメリーさんに言われてるし」

 そうそう、と綾音さん。

「確か、『アイドルがそんなかたっ苦しい衣装で来る必要はありません。格好をつけたいのであれば、いわゆるビジネスカジュアル、というテイで来てください』って言ってたんだっけ」

「ああ。まあ、俺がそれをしたら『ソウマさん、あなたはスタッフですが社員なのですから、来社する時はスーツで来てください』って怒られちまったんだよな」

 綾音さんの話に奏真さんが返す。

「そんなことがあったんですね」

「まあ、アイドルとスタッフは微妙に違うんだろうな。服装に関しては。

 ……とまあ、後輩たちが来る、っていうんで、話をしたかっただけだったんだ。すまなかったね」

「あ、いえ」

「問題ないです」

 俺と舞織はそう返す。

「ああ、そうそう。渡した名刺には、各種連絡先を書いておいたから、なにかあったら連絡してくれてもいいし、連絡先を知らせてくれてもいい」

 言われて、ふたりで渡された名刺を見た。

 メールアドレス、会社の電話番号、個人の携帯番号は当然ながら『LINE』の連絡先まで書いてある。

「じゃあ、あとで追加しておきますね」

「ああ、よろしくな」

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