第6話「スピカアカデミアの再生請負人・その2」

 俺の呼びかけで、新宮しんぐうさんは学園に来てくれるようになった。

 学園に行く条件として、出来る限り、俺がサポートすることだった。

 それは本来、幼馴染がやるべきことなのだろう。

 だが、新宮さんが幼馴染の平島巽ひらしまたつみよりは、俺のほうがいいのだろうという判断をしたのだと思う。ちなみに、平島巽は進学コースの学園生だと後でわかった。

「それで、どうだい」

 昼休み、俺は新宮さんと共に、屋上でお昼ごはんを食べながら、調子を聞いてみた。

「うん。まだ、大丈夫。けど、無理はしないようにする」

「その方がいいよ。先生たちの反応はどうかな」

「心配はしてくれた。……口先だけかもしれないけど」

 疑心暗鬼に囚われているのかな、と直感した。

「まあ、口先だけだったとしても、そう思ってくれているんだな、っていう考えはあったほうがいいよ」

「そう、かな」

「そうだと思う」

 新宮さんの表情が少しだけゆるんだ。

「それなら、今日は頑張ってみる」

「そうだよ。あと数時間なんだからさ」

 今日という日が永遠に続くはずじゃない。いつかはちゃんと終わりが来る。

 そういうことを、新宮さんはわかってくれただろうか。

 放課後になり、新宮さんを迎えに行く俺。

 前日に『LINE』で聞いたところ、通学路のルートは俺の通る道とあまり変わらないそうだ。そういうことなので、途中まで一緒に帰ることになった。

「少し、疲れたかな」

 新宮さんは、俺に今日の感想を言ってくれた。

「そっか。まあ、焦らずやっていこう。少しずつ、無理のないように」

「そうする。ありがとう。明日も頑張って行ってみる」

「それがいいよ。無理だったら、無理って素直に言ってくれたほうがいいよ」

 ありがとう、と彼女は言って、ひとり家に向かっていった。



 家に戻った俺は、今日の復習と明日の準備をしていた。

 明日は、学園内行事にアイドルを派遣する、というシチュエーションで実践的な授業をするらしい。

 もちろん、俺は新宮さんとペアになる。彼女が学園に行く条件が、俺のサポート込みであるからだ。

(無理のないように、ってことだから、なんだろうけどな。果たして、そっけない感じの新宮さんがうまく出来るかどうか、って感じかな)


 ◇


 学園内行事の日を迎えた。

 俺は新宮さんと共に、ナレーションをする、という想定で、校内放送を使った実践授業を始める。

 校内放送をしている新宮さんは、普段のそっけない態度とは違い、愛想がよさそうな声を出していた。

 そっけなさそうな態度や声が、本来の彼女であって、愛想よくしているのは、猫かぶりなのかなと、彼女の校内放送に取り組む姿を見て思った。

 一段落して、放送室から出来た新宮さんは、気だるそうな表情をして現れた。

「顔とのどが疲れた」

「お疲れ様」

 にこやかに対応する俺。

「はぁ~~~、どこぞのアホとはエライ違いだわ~~~。最高かよ」

「へっ?」

 新宮さんの反応に、びっくりする。なんか、男みたいな反応をするから。

「ン? ああ、ごめん、葛城かつらぎ君。あまりにも愛想よくするの疲れちゃって」

 面食らったような顔をしていたせいか、苦笑を浮かべながら言う新宮さん。

「にしても、新宮さんは、相変わらず幼馴染に対して辛辣というのか、厳しいことを言うね」

「そりゃ、アイツは……ね」

 平島巽クライアントと、何かあったんだろうか。

 彼と何かあったから、彼女はダウナーな雰囲気を出してしまったのだろうか。

「そろそろ、お昼の時間だね」

 時計を見た新宮さんが言う。

「ン?」と、俺も時計を見る。確かに、時計の針は12時で重なろうとしていた。

「じゃあ、行こうか」

 俺が食堂に足を伸ばそうとしていたからか、待ってと新宮さんが声をかけた。

「食堂は……行きたくない」

 弱々しく、新宮さんが言うので「じゃあ、購買で何か買って、人が多くない場所で食べようか」と言うと、頷いてくれた。



 購買で惣菜パンを何個かと、紙パックの飲み物を買った俺と新宮さんは、開放されている屋上のベンチに並んで腰掛けた。

「新宮さんは、ざわついてるのが苦手? それとも、人混みが苦手?」

「ざわついてるのが苦手。その場にいると、自分が孤独に感じる時があるから」

「そっかぁ……」

 惣菜パンを頬張り、飲み込んだあと、肯定する。

「まあ、それならしばらくは、俺と一緒に食べようか」

「うん」

 何気なしに言ったけど、新宮さんは少し驚いて、首を縦に振ってくれた。

 昼休み後も、同じように校内放送をして、その日の授業は終了となる。

 一日を終わらせた新宮さんは、昼休み前と同じようにぐったりした表情で、放送室から出てきた。

 そんな彼女に俺は、売店で温かい飲み物を買ってあげた。

「はぁ……。今日は本当に疲れた」

「お疲れ様。よく頑張ったよ」

 大きく息を吐いて、温かい緑茶を飲む彼女。

「性に合ってるのかしらね、アイドルっていう仕事が」

「どうして急に」

 少しぬるくなった緑茶を飲む新宮さん。

「愛想よく振る舞う、っていうのが、すごくしんどい」

 おそらく、今の彼女では、かなり労力を使うことなのだろう。

 とはいえ、一年前までできていたことが、急にできなくなっているのは、なにかあったに違いはなさそうだ。


 ◇


 その日、新宮さんは俺に休むと連絡した。

 なので俺は、朝登校して、すぐに職員室へ出向き、養成コースの担任に、彼女から送られてきたメッセージを見せた(もちろん、見せることに関しての承諾は得ている)。

「そう……。体調不良、ね」

「はい。新宮さんは俺が構うまで、休みがちだったんですか?」

 養成コースの担任に、俺は新宮さんについて聞いてみることにした。

「ええ、そうよ。葛城君が新宮さんを手助けする前までは、休みがちだったのよ。たまに出てきたと思ったら、早退ですぐ帰っちゃうし」

「そうだったんですか……」

「そうよ。一年前は、期待のアイドル候補生、だったんだけどね」

 期待のアイドル候補生、か……。

(それがプレッシャーになって、学園に姿を表さなくなった……。というのもありそう)

 その日の昼休みにスマホを開くと、通知バーに『LINE』の通知が入っていた。

 差出人は、新宮さんだった。

【今日、家に来てほしい】

 そのメッセージの前には、電話の受話器の中央にスラッシュ線がある吹き出しがあった。

 記号の下には、不在着信、とあった。

 出てくれるかな、と思って、彼女のプロフィール画面から、無料通話をタップして発信をかけてみた。

『葛城君』

 寝ぼけているのか、意識がはっきりしないような沈黙があったあと、新宮さんの声が聞こえた。

「今、大丈夫かい」

『ン。葛城君の都合は?』

「なんとかついているから、しばらく話せるよ」

『ン、そっか。あのね、葛城君、………』

 新宮さんが言うにはこうだ。

 昨日、学園から帰ったあと、過労ではないにせよ、ひどく疲れ切った状態で帰ってきてしまったと。

 そのままベッドに倒れたら、朝になっていて、目が覚めたが身体が動かなかった、というのだ。

 しばらくして、身体がなんとか動いてくれたから、お風呂は入ったらしい。

 着替えて学園に行こうとしたのだが、行ける状態じゃなかったので、寝間着に着替えて寝ていたらしい。

「それじゃあ、しょうがない。そういう時は、出てこないほうがいい」

『ありがとう。それで、ごめんなんだけど、来てくれる?』

「それはこの場で、行くよ、とは言えないから、あとで連絡する、でいいかな」

『うん、わかった』

 そこで通話は切れた。

(そうか。疲れ切ってしまったのか……)

 完全復活にはまだ時間がかかるらしい、と判断した俺は、授業を受けている間、新宮さんのことを考えていた。

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