第5話「スピカアカデミアの再生請負人・その1」

「頼みたいことがある?」

 ある日の昼休み、平島巽ひらしまたつみという男にそう言われた。

「ああ。俺の幼馴染の、新宮舞織しんぐうまおりをなんとかしてくれないか」

「なんとかって、どういうことだよ。ワケわかんねえぞ」

 平島は、平謝りしながらも話してくれた。

 新宮舞織という女の子は、アイドル養成コースに所属している高校2年生なのだが、どうも様子がおかしい。アイドルに憧れを持てなくなったのだという。

 理由を聞いても話してくれないらしく、困り果てて俺の噂を聞いて、食堂に訪れたのだという。

「俺の噂って……」と、呆れた。

「アイドル管理コースの優等生、葛城瑞貴かつらぎみずき。高校生ながら、いろんなアイドル候補生たちを立ち直らせてきた、とか聞いたからさ」

「立ち直らせた、ンじゃねーよ」

 昼食として食べていたきつねうどんの大盛りをすすりながら話す。

「彼女たちが立ち直るキッカケを与えただけに過ぎねーよ。勝手に輝きを取り戻しただけなんだよ、俺は何もしてねえ」

「何もしてない、とか、またまたご謙遜を」

 なんだ、その言い方は。

 このセリフだけで、俺は平島という男は、どうにも気に食わないと判断してしまった。

「とにかく、新宮舞織っていう女の子と話をすればいいんだな? 平島巽」

「ああ、頼む!」

 頭を下げ、その頭の上で両手を合わせる平島。

「はぁ。わーったよ」

 ダシを少し飲んでから、食堂をあとにする。

(新宮舞織、か……。えーと、養成コースの女の子たちと会話する時間帯はいつだったかな、と……)

 教室に戻った俺は、自分のスケジュール帳を開いて、確認する。

(ふむ、明日の昼休み前の講義か。その時に、新宮舞織って子について話を聞いてみるか)


 ◇


 翌日。

 昼休み前の講義の時間は、養成コースとの合同授業で、実際のアイドルとマネージャーから、話を聞くというスタイルのものだった。

 内容は、アイドルとの接し方、仕事のとり方、メンタル管理など多岐にわたる。

 今日の内容は、メンタル管理についてという、ドンピシャな内容だった。

 それが終わったあと、俺は話しかけてきた女の子に、新宮舞織という子について話を聞いた。

「舞織ちゃんのこと?」

「ああ。どんなことでもいい、教えてくれないか?」

「いいよ。舞織ちゃん、最初は輝いてたの。それこそ、誰にも負けないんじゃないかってぐらいに」

「それは、養成コースのトップクラスの実力、という話かな?」

「それに近いかな。もっと上はいたけど、平凡だった私たちからすれば、というのはあるのだけど」

 まあ、それは確かに。

 アイドル事業に大きく関わっているスピカアカデミアは、学校法人である鈴谷学園傘下の中高一貫校である。

 多くは、中等部から入学してくるのだが、高等部からこの学園に入学することも可能であり、話をしてくれている女の子は、高等部からだそうだ。

 そして、件の新宮舞織は、中等部から養成コースに入学し、高等部に進学してきた女の子で、一年前までは誰にも負けないぐらいだったと。

 しかし、今はそれはなく、陰りがあるのだという。最近、養成コースの授業にはあまり姿を見せていないのだという。

「じゃあ、管理コースの授業に?」

「それもあまり見かけないって。それか、進学コースの方にいるのかな、って」

 俺の所属しているアイドル管理コースと、アイドル養成コースの棟は同じだが、進学コースの棟は違うので、養成の学園生が見かけない、となるとそうならざるを得ないが。

(しかし、そんな女の子、俺たちの仲間にいたっけ)

 あいにく、俺も覚えがない。

 管理コースの授業を受けているのなら、どこかで見たことがあるはずだ。

 合同授業などで、養成コースの彼女たちと会話することはあるし、目にすることもあるから、覚えている。

(もしかして、新宮舞織だと分からないように、姿を変えているとか?)

 それも考えた。

「ありがとう。助かったよ」


 昼休み後、俺は養成コースから他のコースへ移動した学園生がいないか、教師にたずねてみた。

「確かに、養成コースから他のコースへ移動した学園生はいる。特進コースに行った学園生は少ないが、大体は管理コースへ移動を希望して受理されたのが多いな」

 その教諭は、移動申請の一覧表の書類を見ながら答えてくれた。

「そうですか。では、新宮舞織という学園生について、なにかその書類に記されていないでしょうか?」

「しんぐう……まおり……? えーと、書いてあったかなあ……」

 移動申請を出した学園生の一覧から、名前を探してくれている。

「うーん。少なくとも、この書類には何も書いてないみたいだな……。

 その、新宮舞織っていう学園生が、養成コースに居ないと」

「あまり顔を見せていないようなのです。養成コースから、お仕事の受諾は出来ないはずです。かといって、他のコースへ移動するなら、申請が必要のはずですし」

「葛城君の言うとおりだ。養成コースの学園生に仕事の斡旋は出来ないし、仕事をすることは禁止行為だからね。もちろん、無断でコースを移動することも禁じられている。

 それなのに、姿を見せない、か……。今のままじゃ、なんとも言えんなあ……」

 なにかわかったら、俺に連絡が入る、ということで、その件は終わった。


 ◇


 俺は、依頼してきた平島巽に、彼女の連絡先を教えてもらい、『LINE』で呼びかけてみた。

【今、君はどうしているんだい】

 すぐに既読のマークが付き、家にいるのだという。

【調子が悪いのかい】

【調子が悪い、と言えば、そうなるかな】

【精神的に辛いことがあったのかい?】

【それもある】

 と、素っ気ないメッセージが淡々と返ってくる。

 失礼かもしれないが、女の子特有の『モノ』ではないか、と問うてみた。

【それはない。そうであるなら、ちゃんとした理由で学園には休む、って言ってる】

【それもそうか。すまない】

 ごめんなさい、というスタンプを送信する。

【そこは葛城君が謝ることじゃない。それに、君は管理コースの人だから、そういうことを聞いても、失礼じゃないって思ってる。少なくとも私は、だけど】

【それはわかってくれるんだ】

 頭を下げて頷くようなスタンプが送信されてきた。

【わかった。なにか、俺に話したいことがあれば、送ってくれたら反応できると思うし】

【ありがとう。たっつーに言っても、まともに受け止めてくれなさそうだから】

【たっつー?】

【平島巽。私の幼馴染のこと。私のアカウントは、彼から聞いたんでしょ?】

 そのとおり、と返すと、落胆を示すスタンプが送信された。

【やっぱり。あのバカ】

【やっぱ、アイツ、アテになんねーわ。相談事とかは、葛城君にすべて投げてもいい?】

【そうだね。うん、いいよ】

 ありがとう、というスタンプを受け取ってからトークを終わらせた。

 とりあえず、新宮舞織という女の子と話すことは出来た。

 しかし、幼馴染を「バカ」呼ばわりだの「アテになんねーわ」って言われるってどんだけだよ、と思ったことは確か。

 解決するまでは、平島巽あほのいらいしゃには言わないほうがいいだろう。

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