第4話「俺と幼馴染との距離」

 幼馴染との距離感、っていうのは、わかりにくいもので。

 ふと、その距離に意識を向けると、そんなに離れていなかったりするものなのだ。

 それに気がついたのは、その幼馴染の西代由香里にしだいゆかりが告白されている場面を見てしまったことがキッカケだ。

 由香里が答えを出すところは見ていなかったが、結果がどうであれ、俺はいつものように振る舞えばいいのだろう、と考えていた。その時は。

 俺はその日もいつものように、由香里と共に歩いて帰っていた。

「そう言えばさ、由香里、休み時間に告白されてたよな」

「うん」

「あれさ、返事どうしたの」

 気になったことをすぐに聞いてしまうのが俺の悪い癖。

「あれね。断ったの。『私には想い人がいるから、貴方とは付き合えません。ごめんなさい』って」

 想い人がいる?

 そこに俺は引っかかっていた。

「そ、そっか。由香里みたいな美少女に想われてるヤツが羨ましいなあ」

 はぐらかすような言い回しをする。

 その後、由香里の表情が曇ったのが、少し気にかかった。

 翌日、いつものように通学路を歩いていたが、由香里は話そうとはしなかった。

 由香里が昨日、言った『想い人』っていうのは、俺のことか?

 そうだとしたら、はぐらかすような言い回しをした俺はバカなのか?

 結局、その日は彼女と他愛のない話をすることなく、終わってしまった。


 ◇


 由香里と話すことがほぼなくなってから、2週間経った。

 土曜日の午後、俺は由香里の母親に呼び出され、由香里の家に来ていた。

「由香里、気にしてたわよ。あなたの言葉を。

 ……なおくんのことを話す時の、由香里は本当に嬉しそうに話してくれるのよ。

 でも、それも最近、聞かなくなったし、話してみたら一気に表情が曇るの」

「そう、だったんですか……」

 由香里の母親であるエリンさんの顔を直視することが出来ない。

 エリンさんは、外国人で国際結婚に当たるらしい。

 そういうことなので、娘の由香里にもその血が色濃く残っている。つまりは、ハーフ。

「由香里は、なおくんのこと、『幼馴染』として好きなんじゃなくて、『ひとりの男の子』として好きなんだと思う。だから、なおくんが何気なく言ったことに傷ついたんだと思うの」

 どう言葉を返していいのかわからなかった。

「あの、」

 しばらく考えて発した言葉に、エリンさんが反応する。

「由香里は、部屋に閉じこもってるんですか?」

「ええ、そうよ」

「会いに行っても、いいですか」

 一呼吸置きつつ言った。

「それはいいけど、拒絶される覚悟は、したほうがいいと思うわよ」

 拒絶される覚悟、か。

「いるんだろ」

 由香里の部屋のドアをノックして、ドア越しに言葉を発する。

 彼女からの反応はない。

「許してほしい、というわけじゃない、でも、話は聞いてほしいんだ」

 ガチャッ、という音と共に、ドアが開き、寝間着姿の由香里が出てきた。

 茶色の長い髪に、青空のようにきれいな青い瞳を持ち、きれいに整えられたような顔を持つ。

 だが、その青い瞳は分厚い雲に包まれた空のように、灰色に曇っていた。

「なおくん」

「すまない」

 とっさに出てきた言葉は、謝罪の言葉だった。

「由香里を傷つけた」

「うん」

「お前の言った『想い人』が俺だってこと、エリンさんから聞いた」

「お母さん、喋っちゃったんだ」

「ああ」

「そうだよ」

 由香里は俺の顔を見て言う。

「私は、なおくんのこと、『幼馴染』じゃなくて、『ひとりの男の子』として好きなんだよ。なのに、」

 青い瞳に雨粒のような雫が浮かび始める。

「なおくん、全然、私のこと、気にしてないような、言い方、するから、私、」

 浮かんだ雫が、しとしと降る雨のように流れ始めた。

「由香里」

「私、なおくんのこと、愛したい、って、考えたのに、なおくんの、ばか……っ」

 由香里のことを抱きしめていた。

「悪かった」

 しゃくりあげて泣く由香里に、俺はそういう言葉しか投げかけることが出来なかった。


 ◇


 俺と由香里の関係は、幼馴染というままだったけど、他愛のない話をすることは出来るようになった。

 でも、距離は以前よりは縮まった、と思っている。

 由香里は、大したことがない話でも、大げさに笑うようになった。

 その気がなくとも、彼女は俺を家に招き入れ、添い寝を願ったりしてきた。

 恋人同士になるのも時間の問題かな、と、俺は彼女の距離感を見て考えるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る