第3話「俺と幼馴染との関係」

 俺には恋人がいる。名前を高宮由華たかみやゆかという。

 腰まで伸ばした美しい黒髪で、胸部質量おっぱいは大きく、程よい肉付きをしているが、細い女性だ。

 こいつとは、元々、幼馴染という関係性で、恋人になったのは数年前の話だ。

 そもそも、彼女と知り合ったのは、俺が小さい頃に遡る。


 俺と由華の両親は仲良しで、親友同士という関係だった。

 俺たちの両親が付き合って結婚したのも、それが起因しているらしい。

 だから、俺と由華も仲良く、幼馴染という関係になった。

 珍しいというのか、腐れ縁というのか、高校に至るまで、同じ場所にいた。

 由華がそばにいることがすごく当たり前になってきて、ある時まではそんなありがたみを全く感じていなかった。


 その『ある時』というのが、高校2年生の春の頃だ。

 運動神経も良くて、成績もいいといううわさの男が、俺に話しかけてきた。

 理由は、俺と幼馴染の由華と付き合いたいのだと。その仲介をしてほしい、というのだ。

 自分では言い出しづらいし、かといって、仲のいい女の子はいないので、お前にしか頼めないのだと。

 正直、断りたかったのだが、渋々引き受けた。

 そして、俺は昼休みに、その話をしようとして由華を呼んだ。

「なるほどね」

 話を聞いた由華は、理解してくれたようだ。

「けどさ、そいつが私のことを好きだって言っても、私は断る気満々だけどね」

「なんでさ」

「だって、私はそういう男だったら、釣り合わないって思っちゃうもの」

「釣り合わない?」

 釣り合わない、という言葉に疑問を感じたので、オウム返しをする。

「そう。釣り合わない。じゃあさ、ユッキーは自分より賢くて、なんでも出来る女の子と付き合いたいです、って言われたらどうする? 即答できる?」

 少し考えて「出来ないだろうなあ」と答えた。

 ちなみに、ユッキー、というのは、俺のことで、深草行広ふかくさゆきひろという名前である。

「でしょう? そういうことよ」

「ひとまず、会ってくれるか。そういうことも言われてさ」

「気乗りはしないけど、ユッキーの顔を立てる、と思って、会ってみる」

 ため息をついたが、由華は会ってくれるそうだ。その結果は、そいつの告白を断った由華であったことは、想像に難くない。

 告白を断る、っていう言葉を聞いた時、俺は安堵した。それがなぜか分からなかったが。

 その日の放課後、俺は開放されている屋上に向かい、フェンス越しに外の風景を見ていた。

「ン? 先客がいたらしい?」

「あ、ホント」

 その声に振り向くと、ふたりの男女が俺を見ていた。

 男の方は、黒髪短髪で制服を真面目に着こなしている中背中肉。

 女の方も短い髪であるが、片方で結わえている。由華と同じか、由華より大きい胸をしているようだ。

 腕を組んでいたようなので、恋人同士なのかな、と推測した。

「おたくも、外を見ていたのか?」

「ええ、まあ。そちらも?」

「ん、まあ、そんなところかな」

 そして、ふたりの男女も同じようにフェンスから外を見ていた。

「俺は、ここで付き合っていた彼女に別れを切り出されて、たそがれてたんだ。

 んで、こいつは俺があの世に逝くと勘違いして、急いで現れたって話だ」

優希ゆうき!? その話はやめてよ!」

 優希、と呼ばれた男は、隣の女に小突かれた。

「ははは、いいじゃねぇか、瑞那みずな。そのおせっかいの御蔭で、俺たちはこういう関係になれたんだからよ」

 優希を小突いた女は、瑞那というらしい。

 確かに仲は良さそうだ、と俺は思った。

「ふたりはどういう関係なんですか?」

 聞きたかったことを正直に聞いた。

「ああ。俺と瑞那は幼馴染で恋人同士だ」

「幼馴染で恋人?」

「そう」と、優希が頷いた。

「幼馴染って、距離が近いから、恋人になりにくい、ってあるかもしれないけどさ」

「俺たちはそうならなかったわけよ」

 瑞那の言葉に続けて話す優希。

「むしろ、幼馴染であることで、お互いをよくわかっている、というか」

「そうね。だからこそ、続いているというか……。そんな感じかしら」

 瑞那のセリフに、なにかを感じた。

「あの、俺の話を聞いてもらってもいいですか?」

 その言葉に向かい合う優希と瑞那。

「俺たちでよければ」

 彼の言葉に甘えて、俺はふたりに今日あったことを話した。

 聞き終えた瑞那が「多分、由華ちゃんは、君のことを思って、そんなことを言ったんだと思うよ」と口を開いた。

「俺を思って?」

 俺に遠慮した、ってことなのか? しなくてもいいと思っていたのだが。

「そうだな。なんか俺もそんな気がする」

「優希、それは本気で言ってる? アンタ、口から本心でないことを言ったりするから」

「そう言われると、断言できねえ」

「ま、この男の言葉は無視していいわ」

 俺のことは無視かよ、という優希の抗議の声を聞き流して、瑞那は更に言う。

「告白を断る、って言ったのも、たとえ話をしたのも、君のためだと、私は思うなぁ。

 由華ちゃんは、下手をすれば、優希こいつと恋人になる前の私と同じかもしれない。

 『幼馴染』っていう枠を越えたい、って思ってるのかもしれないから、そんな事を言ったのかもしれないわよ」

 彼女の言葉に、気付かされた。

「瑞那さん、ありがとうございます。俺、ちょっと由華に連絡してみます」

 そう言って、俺はふたりとは別の場所に移動して、由華に電話をかけてみることにした。


「なあ、瑞那。どうして、あんな事を言ったんだ?」

「なんかさ、恋人になる前の私たちを見ている気がして」

「恋人になる前の俺たち……?」

「そ。だから、あのふたりにも結ばれて欲しいなって思って」


 ◇


 季節は一巡して、卒業式を迎えた。

 俺と由華は恋人同士になったが、それ以上の関係性はなかった。

「とうとう終わりなんだね、高校生活も」

「ああ」

 高校3年生の1年間を過ごした教室の黒板を見ながら言う。

 その黒板には、中央に大きくクラス名と「卒業おめでとう!」の文字が書かれていて、その文字の上や左右に、好き勝手に書かれた様々なメッセージが書かれている。

「由華、どう思った?」

「高校生活のことを聞いてるの?」

「そうそう」

 そうねぇ、と言った由華は、しばらく考えたようで「楽しかったわね。苦しいこと、辛いこともあったけど、」そう言って、俺を見る。

「私の彼氏になったユッキーがいてくれたから、なんでも乗り越えられそうな気がしてた。だから乗り越えられたんだと思う」

「由華」

「だから、」卒業証書が入った筒を教壇の上に置いて、俺に顔を近づけて、唇を重ねてきた。

「ユッキーは、私のそばにいてよね」

「あ、ああ……」

 にこやかに笑って、俺の顔を見つめる由華を、俺は抱きしめた。

 持っていた筒を同じところに置いて。

「ゆ、ユッキー? ちょ、ちょっと……」

「俺も同じ気持ちだよ、由華。そばにいてほしい」

「大丈夫だよ、ユッキー」

 由華の優しい声に、なお愛おしさがこみ上げてくる。

 その後、家に戻った俺は、学生鞄と卒業証書が入った筒を置いていき、コンビニへ向かってから由華の家に向かった。

「あれ、ユッキーじゃない。どうしたの?」

「由華、まだ着替えてなかったか。なら、ちょうどよかった」

「どゆこと? まあ、上がってよ」

 家に上がって、由華の部屋に入った俺は、彼女をベッドに押し倒した。

「ちょ、ちょっと、ユッキー、どうしたの?」

「率直に言うぞ。俺は、由華を抱きたい」

 頭の中で、目の前の女と一線を越えろ、ってうるさく言葉が響く。

 由華も最初は驚いた顔をしていたが、俺の顔が真剣そのものだったことで、表情を崩した。

「いいよ。……しよっか」

 俺たちは制服を着たまま、初めてそういう行為に至った。

 由華にすれば、軽い気持ちでキスしたのかもしれないが、俺はそのキスで抑えきれなくなってしまったのかもしれない。

 行為に至っている時は、お互いに無我夢中だった。

 由華の黒く美しい髪をかきあげながら、口づけを交わしたり、お互いの身体に触り合いながら……。


 ◇


 そして、大学生となった俺と由華は、お互いの両親から少し離れた場所で同棲を始めた。

 理由は、会えない時間が寂しい、と感じ始めたから。

「ほら、起きて」

「んっ……」

 どうやら朝を迎えたらしく、目を覚ますと、由華の顔が目に飛び込んでくる。

「今日は大学の講義があるんでしょ」

「あ、ああ……。そう、だったな」

 起きたばかりでぼんやりとしている。

「それと、早く服を着て。私がおかしくなる前に」

 由華がそっぽを向きながら言うので、自分の状態を確認した。

 何も着ていない。

 やばい、と思った俺は、急いで服を着て、由華と向き合った。

「ごめん」

「いいよ。それじゃ、朝ごはん食べて行くよ」

 由華とリビングを降りながら、俺は思った。

 もし、由華に告白しようとする男が現れなかったら。もし、あの時、カップルに出会わなければ。

 俺は由華とこんな関係になっていなかったかもしれないと。

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