2016年【隼人】50 目を閉じて遥、開けるとユウジ

 単にトチ狂った訳ではない。後付けではあるが、理由は用意できる。


「実はオレ、テストのルールをきいてなかったんですよね。で、認めてもらうためだったら、ユウジさんを倒すのが一番だと、バカなりに考えたりしたわけで」


「やめとけ、まず無理だ。自らの意思を持って人を撃つのは、他のそれとは全くちがう。技術とはちがうものが必要だ。人殺しになれるのか?」


 人殺し。

 死。

 隼人が引き金に指をかけて、ユウジを殺したとする。

 ユウジを大事に思っている人が悲しむだけでは終わらない。その悲しみは、ほかの誰かの悲しみを生み出す。最悪は続いていく。

 誰か一人がいなくなることで、不幸は連鎖的に起こる。


 たとえば、隼人の母親が生きていれば、父親が家を出ることはなかっただろう。父親が家にいてくれれば、妹との喧嘩もいまよりはマシになっていたのかもしれない。

 色々と考えている間に、隼人はユウジからパイソンを逸らしていた。

 当たらないと理解したまま、発砲。

 ほら、誰も怪我をしていない。


「なんだよ。下手くそじゃねぇか。おら、どうした? オレを撃つんじゃなかったのか?」


 おらつきながら、ユウジは隼人に近づいてくる。

 それまで近くにいたジェイロやイリヤから離れるなり、隼人が構えたままのパイソンの射線上に入る。この人は、さっきの弾丸がどこを通過したのかを把握しており、隼人を試しているのだ。


「こわくないんですか?」


「そんなもんで死ぬようなら、UMAに喧嘩売れるかよ」


「UMAに、喧嘩?」


 ユウジはUMAを捕まえたことがある。

 その事実が、隼人の心をざわつかせる。疼かせる。

 隼人にとっては憧れているだけの存在に詳しい。しかもそれは、知識ではなく経験で知っている。それが、ユウジだ。そんなユウジに対して、隼人が一番得意としているUMA関連で誇れることなどなにもない。


 だったら、なにもかも負けているのか。劣っていて当然、仕方ないと開き直って、悔しくはないか。

 UMAを捕まえてきた男に認められたいという気持ちはあるだろ。あるに決まってるよ、畜生。

 男だから、面倒くさいものを持ってるに決まっている。

 考えろ。UMAに関すること以外で、自分に自信があることを――射撃だ。

 自問自答に即答できる。射撃が十八番だ。


 だったら、得意としていることで手を抜くな。

 両手でパイソンを握り直す。

 銃の後方についた凹状の部品であるリアサイトと、前方についている凸状の部品であるフロントサイトを重ねる。フロントサイトとリアサイトを結んだラインの『照準線』の真ん中に、ユウジの眉間を合わせる。


 発砲。

 意識を研ぎ澄ませているので、撃った瞬間に舌打ちが出た。

 悔しさは射撃音にかきけされた。

 拳銃の反動に手の力が負けた。これでは、眉間を貫けない。外れるだろう。

 予想通り、弾はユウジの頬をかすめるだけだった。


「惜しかったな」


 よけなかったのは、見切っているからか。ユウジの底が測れなくて、隼人には判断がつかない。なんにせよ、照準がぶれて外れたことに、ひと安心している自分がいる。良かったじゃねぇだろ。そんな気持ちでどうする。

 甘さの残る隼人とは対照的に、ユウジは笑みをこぼす。右手で頬を拭い、赤く汚れた手の甲を見ながらどこか嬉しそうだ。


「血を見て思い出したぜ」


 サングラスを額まで押し上げて、ユウジはしっかりと隼人をみつめる。


「浅倉弾丸と約束してたんだった。息子とやりあうことがあったら、手加減するなって――てなわけで恨むなよ。覚悟しろ、浅倉隼人?」


 坊主ではなく、はじめて名前を呼ばれる。

 少なからず認められたのかもしれない。だが、喜ぶことはできない。余裕がない。口の中がカラカラになっている。自分に向けられている明らかな殺気に、隼人の手が震える。


 サングラスを外したままのユウジは、狙うだけで勇気が必要だ。そして同時に不必要なものも出てくる。捨てなければならない。自らの想像の範囲内の未来を。


 照準線にユウジの体を重ねただけで殺されるかもしれない。

 もっとも、この敵意は抵抗をやめればなくなる訳でもない。

 生き残るための方法は、簡単だ。

 相手を殺す。殺される前に殺して生き残る。

 自分の命の危機に、隼人は生ぬるい感情を捨てる。


 いまだかつてないほどに集中する。

 冷静だった。パイソンを握って、何発撃ったかも数え直す。

 五発撃ったので、残り一発だ。


 ユウジに認めてもらう――殺す――には、心もとない数だ。

 それでも、この挑戦権を得られたことが、いまは楽しくて仕方がなかった。

 やってやる。

 今度はプレッシャーをはねのける。

 夏祭りの射撃で惜しくも一眼レフカメラに届かなかったが、今回は狙いを外さない。


 思い出せ。子供の頃、自分が狙ったものを外すとか疑っていなかった時期があっただろう。

 水鉄砲を使って遊んでいたときは、本当に覚醒した状態だった。遥の体を目標にしたら、狙った場所を濡らせていた。

 ユウジを倒すことで、隼人は過去の自分を超えられたと自信を持てる。

 それこそコルトパイソンを使いこなせるようになれば、水鉄砲がなくても遥をびしょ濡れにさせられるような気がするのだ。


「オレは――僕は、UMAを捕まえて、遥を幸せにするんだ! だから、あんたを!」


 気合を入れるべく叫ぶ。

 震えは止まった。

 狙いも完璧だ。

 発砲。

 飛び出した弾丸がユウジに到達するまでに要する時間は、ほんの一瞬だ。


 その一瞬に、隼人はまばたきをした。

 目を閉じて遥、開けるとユウジ。

 赤いサングラスを外した男の瞳は、サングラスよりも赤い色で輝く。

 完璧な狙いなのによけない。

 サングラスを握ったままの手を振る。

 見ていたのに、意味がわからない。

 外れる訳がなかった弾が、地面に叩き落とされた。


 驚いている暇はない。

 ユウジは弾を落としただけでは終わらない。上着の左腕部分が地面を叩く。跳躍。

 弾丸が通った軌道を逆からなぞるように接近。

 このまま距離が――殺され。

 思考を途中で切り上げた体が、助かりたくて必死に足掻く。

 相打ちを狙って、発砲。


 今度こそ当たる。

 勝った。

 弾があれば負けなかった。

 弾も運も尽きていた。

 サングラスを握った拳が巨大になる。顔に近づ。遥、好き。死。


「弾切れでなかったら、オレの負けだな」


 隼人の前髪がハサミで切られたように、ぱらりと落ちていく。肩から息を吐くと、額にサングラスのフレーム部分が当たる。

 生かされただけだった。隼人にサングラスをぶつける直前で、ユウジは拳を止めていたようだ。

 サングラスをかけながら、ユウジはジェイロのほうに振り返る。


「見てたか、ジェイロ。これが浅倉の血だ。いまぐらいの射撃能力がなければ、オレは背中を任せられない。いまのお前には無理だろ?」


 ジェイロが不服そうに隼人を睨む。同じように射撃テストを受けたものが、不満げな態度を見せることで、ようやく察する。

 とどのつまり、隼人は勇次に射撃能力を認められたのだ。

 パイソンを握る手に力をこめて、無言でガッツポーズをする。


「声出して、喜べや。このアホめ!」


 後ろから頭をくしゃくしゃ掴みながら、里菜も祝福してくれる。


「よーやったで。最高の弟子ができたわ。ちゅーしたろか? ん?」


 里菜に頬ずりされながら、隼人は大きな男の背中を見つめていた。

 イリヤやジェイロの元に向かいながら、ユウジは背後の隼人に向かって手を振る。


「オレの準備が整ったら、力を貸せ。そんときまでに、しっかり鍛えてもらっとけよ」


 魅力的な女性の胸が押し付けられるのを振りほどき、隼人はしっかりと頭を下げる。

 深く下げた頭を戻す頃には、総江もそばに来てくれていた。


「隼人、お疲れ様。でも、ゆっくりと喜んでる時間はないわね」


「そうなんですよ、部長! ごめんなさい。はやく、遥んところにいかないと!」


 死を身近に感じたとき、思考にノイズのように混じっていた思いは、生きているうちに伝えておかねばならない。

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