2016年【隼人】49 僕が僕であるために

「あずきバーええやんか。きらいなんか。死ぬほど好きなやつもおるんやで」


 銃口を『RAKE』につきつけるユウジの手が、かすかに震えている。

 ほぼゼロ距離の遠距離攻撃を外すはずもないのに、緊張でもしているのだろうか。


「で、どうなんや。あずき――」


 ユウジが狙いを定めずに、連射する。

 四、五、六。


「ち、外したか」


 三連続で、ユウジは的を外した。

 そもそも『RAKE』を狙っていないので、当たるはずがないのだけれど。

 コルトパイソンの銃口は、あろうことか、里菜、総江、隼人の直線上に向いていたのだ。


 洒落になっていない。撃たれたあとになって、隼人は小便をちびりそうになる。

 運が悪かったら、射殺されていた。

 ユウジが射撃を苦手としてくれていて、本当に助かった。


「なんやなんや。三発しか当てれんかったとは、下手くそやなユウジ。それとも、ほんまは隼人を弟子にしてくれるつもりやったから、手を抜いてくれたんか?」


「ふざけんなよ。オレをイラつかせといて、なに抜かしてんだよ」


「でも、このままやと隼人がテストに合格するんは間違いないで」


「なんでだよ? そこまですごい射撃能力があるのか?」


「いやいや、なにいうてんのユウジ? ガキの使いやんか、こんなん。どこぞの誰かさんが『RAKE』を虫の息にしてくれとるんやからな」


 ユウジは里菜の言わんとしたことを理解したのか、気だるそうに『RAKE』を指差す。


「まかさとは思うけど、こいつが回復するのを待たねぇとか言わねぇよな」


 無論、隼人は待つつもりだった。正々堂々と、同じ条件下でテストしてもらおうと思っていた。


「そんなルールはありませーん。残念やったなー。はーい、おつかれさまでしたー」


 里菜が煽りながら、ユウジからパイソンを奪い取る。そして、そそくさと彼女は隼人のところまで逃げてきた。弾の入れ替えを終えると、隼人に握手をするようにパイソンを手渡してくる。


「アホのユウジは、あずきバーが好きすぎて失敗したけど、隼人ならいけるやろ。ゼロ距離で撃てば合格や。ほれ、いってこい」


 隼人がパイソンのグリップを握りしめる。里菜は手を放して、隼人の背中をぐいっと押す。

 歩き出しながら、隼人は前だけを見る。

 これから弾をぶつける『RAKE』から視線を逸らし、ユウジの姿をさがす。


 水際の岩に腰かけて、ユウジはジェイロやイリヤと話している。隼人に見られているのに気づき、挑戦的な表情を向けてくる。なにか言いたそうなのに、口を閉じたままだった。もっとも、距離があるので喋られたところで聞こえないだろうけれど。

 隼人の耳に聞こえるのは『RAKE』の苦しそうな息づかいだ。息を吐き出すことで、口から色のついた液体が糸を引いて地面に落ちていく。

 壁にはりついた状態の『RAKE』は、苦しそうに目を閉じている。銃口を突きつけると、震えが隼人の手に伝わってくる。


 引き金に力をこめる。

 それだけの動作で、隼人はUMAを傷つける。

 発砲音の耳鳴りが残る中で、隼人の手は返り血で汚れていった。


 ユウジに殴られて『RAKE』の肉体が弱体化したのだろうか。いままで血を流すことがなかったのに、いきなり流血はやめてくれ。ぐろい。

 血を流しながら『RAKE』は暴れる。だが、隼人が突きつけている銃口を離すことすらできない。むしろ暴れるものだから、そのつもりがないのに二発目を発砲してしまった。


 更に血が舞う。

 痙攣しながら『RAKE』は地面に落ちていく。


「ぎいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 白目を剥いて大声で叫ぶ。

 簡単に出会えたものの、UMAに分類される動物に自分はなにをしているのだろう。

 自らの行いに、隼人は疑問がないわけではない。

 拳銃越しに伝わる『RAKE』の苦しみを感じるのが、いやになっている。


 だから距離をとったまま、狙いをつける。 三発目。

 命中。

 なんだよ、ちくしょう。

 この距離でも、いやな感覚は残る。

 きっとこれは、いままでよりも明確な意志のもとで射撃したからだろう。

 一発目と二発目は、ゼロ距離で発砲していたので、ただの儀式と化した行為に過ぎなかった。だが、いまのは明確な意思を持って狙い撃った。


 自分はなにをしているのだろう。

 このテストになんの意味がある。

 思わず目を閉じた。

 一瞬だけ遥が見えたけれど、彼女はなにも教えてはくれない。


「どないしたんや、隼人?」


 戸惑う里菜のとなりで、総江はなにかを察したようにうなずいている。

 どうなろうと肯定してくれるであろう人物がいるならば、なんでも言えそうだ。


「あのですね。すごく痛そうで。それで、可哀想だなーって」


 里菜があごを動かして、あっちを見ろと言っている。

 指示された方向には目を丸くしているジェイロがいる。その隣で、ユウジは呆れた様子のまま口を開く。


「あまちゃんだな。おまえ、守田には撃ったんだろ。そんで、弾をぶち込んでた。傷があったかのを見つけたらか、言い訳はなしだぞ、あれも痛そうだったぞ」


「えっと、守田ってどちらさんでしょうか?」


 記憶が確かならば、里菜も『守田』という名前を口にしていたはずだ。結局、なにをさしている名前なのか確認をとってはいなかったので、あらためて答えを求めてみる。


「守田ってのは、モスマンのことだ。あいつは、オレの親友だ」


「どういうことですか? 異文化コミュニケイションってやつ? それとも、鉄コミュニケイション?」


「わけのわからんこと言うな。守田は、オレと同じ学校に通ってた。普通の人間だ」


「え?」


 記憶の中のモスマンを思い出す。

 異形。

 総江や里菜は、隼人から目を逸らしている。普通の人間だということを肯定しているような態度だ。なにも説明したくはないから、きかないでくれ。そんな雰囲気を出している。


「すでに坊主は、生きるために人間に向かって発砲してるんだ。それを知っても『RAKE』を撃つのが可哀想とか抜かすんなら、そいつはもう優しい奴じゃねぇ。そんなのは、綺麗事を盾にして、高いところから見下ろしてるだけの雑魚だ」


「雑魚――でも、こんなやり方でテストに合格しても、雑魚ですよね?」


「言っとくが、勝てるときに勝たない奴は雑魚以下だ。これ以上、オレをイラつかせるな。お前の判断は、ことごとく裏目に出てるんだよ」


 ぼろ糞に説教されながら、隼人は奥歯を噛み締める。

 ユウジのいう通りだと、素直に納得できない。かといって、反論するには自分は口下手だし、なにより逆らうのはこわい。


「なんのつもりだ? トチ狂ったか?」


 頭ではこわいと思いつつも、隼人の手は勝手な行動をとっていた。

 ユウジを狙うように、隼人はパイソンを構えている。

 いつもオナニーしてる手が、土壇場で隼人を裏切りやがった。毎日チンコを握らせているし、手に精子をつけて酷使しているから、反逆したとでもいうのか。そうでないならば、隼人に道を示してくれているのかもしれない。


 毎晩、汚いものを握ることで隼人に快楽を与えてくれる手。こいつは、隼人が隼人であるために、いますべきことを教えてくれようとしているのではないか。

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