2016年【隼人】48 強情で強がりで、まったく折れない


   17


 前を歩いていた遥が、足を止めた。

 彼女は振り返ると、握っていたスマホを地面に落とす。

 遥が立ち尽くしていると、別の誰かがスマホを拾い上げる。遥にスマホを差し出す手首のシュシュは見覚えのあるもので、コトリが遥と合流したのだと確信を持った。


 スマホを受け取りながら、遥は笑顔になる。声は聞こえなかったが「ありがとう」と口が動いていた。

 恨んでもおかしくない相手に対して、お礼を言えるものなのかと、隼人は感心する。人間ができているというか、純粋すぎるというか、優しすぎるというか、遥らしいというか。


 このまま、何事もなく遥とコトリが和解するのを、隼人は願うばかりだ。

 集中力が切れてきたせいで、隼人の目の前は真っ暗になる。

 互いの音声がミュートになっているビデオ通話が終わったような感覚だ。

 遥が見えなくなると、まずユウジの声が聞こえた。


「おい、坊主。ちゃんときいてんのか?」


 遥を感じるだけの世界から一変した。目を開くと、現実が広がっている。


「ぼーっとしてんじゃねぇよ。やる気がないんだったら、帰るか?」


「いえ、すみません。お願いします」


 現実もずいぶんと狂っている。水の中では人魚のイリヤがスイスイと泳いでいるし、壁に手をついているUMAは『RAKE』ではないか。

『RAKE』というのは、人間に似た姿をした小型の獣人の総称だ。体に全く毛が生えておらず、細い体に爛々と光る目をしているのが、共通の特徴だ。

 個別の名前を挙げるならば、モルガン・ビースト、ニューメキシコのスキンウォーカー、メテペック・モンスターなどなど。これらの民家近くに現れる神出鬼没の人型UMAを『RAKE』と呼ぶのだ。


 ここにいる『RAKE』は痩せている。胸骨や背骨が浮かび上がっているほどだ。ガリガリの体で、岩場の上を二足歩行で移動しはじめた。

 家で飼えるペットのように小柄で、すばっしこい。それでも、遥の家で飼っている子猫のみやむよりは大きい。その分、みやむより動きは鈍いように思えた。

 ジェイロが背を預けている岩場に『RAKE』は身を潜める。それで隠れたつもりなのか、尻尾がはみ出している。尻尾だけを見ると、体長が一〇センチほどの蛇のようだ。


 里菜は口を半開きにし、総江は興味深そうにし、それぞれ『RAKE』を観察している。ユウジには『RAKE』が珍しくもなんともないのかもしれない。コルトパイソンを握り、マイペースに口を開く。


「じゃあ、テストを始めるぞ。オレよりも射撃が得意だったら、こき使ってやるよ」


 ユウジはコルトパイソンを握り『RAKE』に向かって歩いていく。

 テストがはじまってから、隼人は近くの総江にたずねる。


「部長。ぶっちゃテストのルール説明をきいてなかったんすけど。どうすりゃいいんすか? 教えてください」


「のぞき見は関心できないわよ」


「なにしてたのか、バレバレだったんですね」


「この状況下で遥ちゃんに集中するのは、ある意味でさすがね。『RAKE』に興味がないのかしら?」


「いえ、そういう訳じゃないですよ。むしろ、目を開いたら『RAKE』がいたんで、まだ理解が追いついてませんし」


 ユウジの足音に怯えるように『RAKE』が岩場から飛び出す。蛇行しながら走っているが、次に身を潜められる岩までは『RAKE』の歩幅では長旅になりそうだ。


「今回用意された『RAKE』の最大の特徴は、肉体の強靭さなの」


「いや、嘘でしょ。あいつむっちゃガリガリ君ですよ」


「あまり舐めないほうがいいわよ。これから『RAKE』を相手に実戦的な射撃テストをおこなってもらうんだからね」


「実戦的な射撃テスト?」


「コルトパイソンの六発中、何発を『RAKE』に当てられるかで勝敗を決するの。先攻はユウジさんで、後攻が隼人」


「シンプルでわかりやすいルールですね」


 隼人がテスト概要を理解した矢先に、ユウジが体をひねった。

 隻腕のユウジが急な動きをすると、連動して上着の左腕部分が、まるで尻尾のようにしなる。


 地面を叩いた反動で、ユウジは天井すれすれまで跳躍する。助走なしにも関わらず、たったひとっ飛びで『RAKE』を追い詰める。踏みつけて傷つけないように、目の前に着地する。

『RAKE』からしてみたら、頭上から巨人が舞い降りた状況だろう。反射的にギョッとなり、身を固くしている。


 硬直状態を見逃すほど、ユウジは甘くない。

 銃口をギリギリまで近づけて『RAKE』に発砲する。

 ほとんどゼロ距離射撃だ。外れるわけがなかった。

 皮膚に当たった弾は、貫通せずに跳ね返されている。総江の言うとおりで、肉体の強靭さは目を見張るものがありそうだ。


「てか、あれを遠距離攻撃って呼んでいいんですか? どうみても、拳を叩き込むのを我慢して引き金をひいただけじゃないですか」


「隼人の言うとおりね。でも、ユウジさんはああいう人だからね」


 再び『RAKE』の前に立ちはだかったユウジは、またもや、ほぼゼロ距離の射撃をおこなう。二発目も当然のように命中。


「強情で強がりで、まったく折れない。あの人は、昔からああいう人みたいよ。ねぇ、隼人? 同性から見たら、ユウジさんってどんな風に見えるのかしら?」


「あくまでオレの印象ですが、笑ってしまうほどに圧倒的な男にしか見えませんね」


 隼人が引きつった笑みを浮かべている間にも、ユウジは三発目を『RAKE』に命中させる。皮膚に跳ね返されており、いまだにダメージはないように見える。


「なるほどね。圧倒的か。でも、だからこそ、後攻のこちらが有利になると、私は『計算』したのだけどね」


「ふしゃああああああああああああああ」


 奇声を上げながら『RAKE』は、必死になってユウジから逃げる。

 背を向けるだけでは振り切れないと悟り、裏をかこうとしてか『RAKE』はユウジの股下をくぐろうとする。


「びっしゃあああああああああああああ」


 まるで泣いているような声を上げながら『RAKE』は壁にめりこんだ。


「しまった。つい、殴っちまった」


 申告してくれてようやく隼人らは理解する。すれ違いざまに、ユウジは『つい』殴ってしまったらしい。

 撃たれてもノーダメージだった『RAKE』が、ぶん殴られただけで動かなくなる。ピクリともしない。壁に飾られた現代アートの完成だ。

 頭をかきながら、ユウジは歩き出す。ほぼゼロ距離で『RAKE』に向かってパイソンを構える。


「ちょい待ち、ユウジ。これやと、動いてる的を用意した意味がないやろ」


 里菜が抗議したが、ユウジに悪びれた様子はない。


「まぁ、予期せぬアクシデントってやつだから、しょうがねぇだろ」


「アホか。納得できるかいな。ふざけんなや」


 里菜が文句を叫ぶ中で、総江は笑みを浮かべていた。ポニーテールの先を指にかけて、なにかを企んでいるようにも見える。


「ねぇ、隼人。あずきバーって好きかしら?」


「へ? いきなりなんすか?」


 しかも、いつにもなくて大きい声でたずねてくる。


「あずきバーよ、あずきバー。嫌いなの? それとも好き?」


 しつこい質問だ。無視せずに、答えなければいけないように思えてきた。


「オレとしては、あんなの別に自腹きって食べたいとは思いませんね。しろくまアイスやガリガリくんのほうが好きですし――それよりも、現状を打開する作戦をたててくださいよ。これまずいですよ。ユウジさんが全弾命中するのも時間の問題でしょ」


「なんやなんや。そんなに、否定すんなや、隼人。あずきバーやで、あずきバー!」


 里菜もちゃちゃを入れてくる。なんで、そんなにこだわるのだ。井村屋と巖田屋会は蜜月関係でも築いているのか。

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