2016年【隼人】47 男の顔になりやがったな

 総江に名前を呼ばれると、ユウジは背中を預けていた壁から離れた。


「あ? なんだ」


「隼人に力を貸していただけませんか?」


「坊主が役に立つとは思えん」


「ジェイロさんにはテストをしたのに、隼人にはそのチャンスも与えてくれないのですね」


「あいつとは、大陸で冒険した長い歴史があるからな。多少は、優しくもなる」


「巖田屋会は、優子さんと守田さんを保護している立場にあるのはわかっていますか?」


 首の骨をポキポキと鳴らし、ユウジはにやりと笑う。


「こっちだって遊びじゃねぇって、わかってくれ。半端な力はいらん。足でまといは、あのくそったれのUMAのところまでいけねぇんだ。各々で強くなって、オレのレベルに追いついてもらわねぇと、力を合わせることもできやしねぇからな」


「だから、その判断をしてください。必ず、浅倉隼人は結果を残します」


「浅倉? そいつ、まさか?」


 ユウジがサングラスを外して、隼人を睨みつける。顔がこわくて、隼人は視線を逸らした。逃げた先の里菜は、なにが面白いのか明らかに笑いを我慢した顔だった。


「そういや、ユウジは知らんかったんやな。この子は、ダンチョーの息子さんやで」


「あのオッサンの? 浅倉弾丸の?」


 里菜やユウジの口から父親の名前やあだ名が出てくるのは妙な気分だ。浅倉弾丸は、警察官の頃はヤクザ相手に無双していたそうだ。ヤクザと関わりの深いユウジらには、隼人の父親は有名人なのかもしれない。


「ほれ、自分の師匠の子供を弟子にするっていうんも、なかなかおもろいやんか」


「師匠? いつからそんな関係になったんだ。オレとあのオッサンは、タイプが近いだけだろ。同じグーってだけで」


「相変わらず、遠距離が弱点なんや。そんなんやと、大陸間の遠距離恋愛も成就せんで」


「遠距離恋愛は関係ねぇだろ。だいたい、連絡もとれなてねぇし。そもそも、あいつの電話番号もメールアドレスも知らんからな」


「UMAを見つけ出して捕まえれるユウジが、ミスコンに輝いたことのある女子大生を探せんっていうんは、おかしいやろ。あん?」


「うっせぇな。でも、しらねぇもんは、しらんから。会いにいくも、なにもないだろ」


「せや。ほなら、隼人に力を貸してくれたら、あの子の個人情報を教えたるで。ナイスな交換条件やろ? どや?」


「いまならスリーサイズまで、バッチリと教えますよ」


 総江の援護射撃に、ユウジはサングラスをかけ直した。


「浅倉の血がどんなもんか気になるってのは正直あるな。とりあえず、テストぐらいはしてやってもいいぞ」


「言うたな。聞いたで。約束やからな。コトリちゃんも聞いたな。な?」


「ええ。何の話かはわかりませんが、聞きました」


 いきなり話をふられて、コトリは迷惑そうだ。


「ほなら、隼人はうちが鍛える。で、また後日にテストしてくれや」


 バイブレーション音が聞こえて、ユウジがポケットから電話を取り出した。


「いま、個人情報を確かに送りましたから」


 総江の仕事のはやさが際立つ。携帯電話を確認したユウジは、風除室から出てきた。


「じゃあ、いまからテストするか」


「ああん? それは、無茶苦茶すぎるやろうが」


 里菜が反射的に文句を垂れる。続いて、総江が理論的に反論を開始する。


「そうですよ、ユウジさん。隼人はまだ、まともに拳銃を撃ったことがありません。なにより、ここに留まれないのは『獣の烙印』を知ってるならわかりますよね?」


「自分が未熟だとか、呪いがあるからとか、なにを言い訳にしてもそっちの勝手で知ったこっちゃねぇ。テストを放棄するのは自由だからよ」


「なるほど、甘ったれるなってことやな」


「さすが、里菜はオトナだな。物分りがよくて助かる。でも、そっちは文句ありげだな」


 総江を説得しろと言いたげに、ユウジが里菜にあごで指示を出す。里菜はユウジを睨みつけたのち、総江に向き直って優しい顔になる。


「お嬢、ユウジのいうことには一理ありますよ。すぐになにかしらの力を出せへんのやったら、必要ないっていう世界やないですか」


「頭では理解できてるわ。けど、納得はできない。こんなのって」


「その気持ちは大事にしとけ。いざってとき、すげー結果を生み出すことがある種だからな」


 そう言うと、ユウジは総江の頭をくしゃっと撫でた。


「心配すんな。ジェイロの頭が冷えたら、あいつを連れて岩田屋ネッシーを捕まえにいく。坊主の分の特効薬もついでに用意してやるよ」


 総江の碧い瞳の中で、ユウジの赤いサングラスが光ったように見えた。

 張り詰めた空気の中、ちょいちょいと隼人はコトリに肩をつつかれる。


「ねぇ、さっきからなんの話してんの?」


 声を潜めてくれているのは、コトリなりに気をつかってくれているのだろう。


「悪い。説明すると長くなるんだ。得意だろ、空気読むの。察してくれ」


 コトリは腕を組んで二秒と経たずに、大きく一度うなずいた。


「実はさ、里菜さまに服を戻してもらう際に、色々と教えてもらったんだよね。獣の烙印のこととか、UMAのこととかさ。その情報から察するに、ハルを足止めすれば、あんたはなんかのテストを受けられるんだな?」


「ああ、そんなところだ」


「で、お前はそれを受けたいのか?」


 根本的な質問だった。

 総江たちは、隼人の気持ちを確認せずに話をすすめていた。

 隼人をテストしてくれるのは、他でもないUMAを知っている男なのだ。

 ユウジは、いうなれば隼人の夢の到達点を知っている男だ。偉大な人物に、いまの隼人がどんな査定をくだすのか。


 結果を確かめるのはこわい。だが、いまの自分が駄目だとしても、ここで諦めるつもりはない。ならば『いまの自分の実力』を勇次に見定めてもらうのは、決して損にはならないはずだ。


 自分でも驚いていた。こんな風に考えることができるとは。『獣の烙印』を忘れて、思考を終えるとは思ってもみなかった。

 ただ純粋だった。おそろしいほど真っ直ぐに、遥に誓った夢を叶えるために最善の方法だけを考えていた。

 男の顔になった隼人を正面から見ていたのは、コトリだ。


「わかった。アタシに任せろ。お前に借りを返してやる」


 彼女は拳を握り締め、隼人の胸にこつんと当ててくる。


「けど、すぐにテストを終わらせるなよ。ハルに謝ろうと思ってるんだ。情けないけど、ものすごく時間がかかるだろうからさ」


「上等ォ」


 隼人はコトリの拳に拳を優しくぶつける。別れの挨拶を終えたつもりだ。

 あとは、前に進むのみ。ユウジのほうに体を向ける。


「いきなり男の顔になりやがったな」


 いつもの自分の顔が、赤いサングラスにうつっている。


「先に言っとくが、射撃テストには小便でオレを狙うとか、そういうのはないからな」


「そんなん誰も想定してへんわ。アホか」


 里菜のツッコミに対し、ユウジは至って真面目な顔で続ける。


「甘いな。昔いたんだよ。弾切れになって、チンコ出して小便をかけてきそうになったやつが」


「大陸のびっくり人間やな」


「いや、むー大陸での話じゃねぇよ」


 ユウジがそこまで言った段階で、総江は『計算』をし終えたようだ。


「なるほど。いまのは岩田屋の巫女を守った子供の話ですね」

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